皆さまこんにちは。クラリネット奏者の益田英生です。
前回は私の自己紹介と、使っている楽器の魅力について書かせていただきましたが、今回のテーマは「演奏する上で私が大切にしていること」、そして「それにまつわる失敗談」をお話ししようと思います。
皆さまは演奏する上で、そしてステージに登る上で何を大切にしていらっしゃいますか?
それは、楽器や自分自身のコンディションでしょうか?
それとも、聴衆に対する感謝の気持ちや、共演者に対する絶対的な信頼などでしょうか?
自信につながる圧倒的な練習量や、音楽に対する真摯な態度といったことを挙げる方もいるかもしれません。
またはもっと具体的に、前日の練習の仕方とか、リードの選び方、ステージ上での立ち居振る舞いなんてのを挙げる方もいらっしゃるでしょう。
もちろんどれも大切なことでしょうけど、普段ジャズを演奏し、そしてスタンダードナンバーと呼ばれる、流行り廃りに関係なく、長年にわたって多くのミュージシャンに演奏され、歌い継がれている曲をレパートリーにしている私としては、これを大切にしています。
・自分が演奏する曲の歌詞を知ること
「うん、まあ言いたいことは分かるけど、君はクラリネット奏者だろ。
歌詞が分かったところで歌って聴かせることはできないじゃないか。もちろん歌詞を知って気持ちを込めて演奏するというのも大切だが、もっと他に優先すべきことがあるのではないかね?」
もっともな感想なのですが、やはり私はこれなのです。
ジャズを演奏する場所というのは、一般的なコンサートホールにあるような、ステージと客席がはっきりと分かれており、聴衆の顔も判別しづらいような距離感のところではありません。
多くのジャズクラブやライブハウスは、聴衆にすぐに語りかけることができるような近さであり、飲んでいるお酒の香りが届くような、聞かずとも聞こえてくる恋人たちの会話に思わず微笑んでしまうような、そんな距離感のお店がほとんどです。
そういうお店では、ステージがハッキリと区別されていないようなこともめずらしくありません。
お客が飲んでいる隣でカウンターに寄りかかって演奏したり、お客のテーブルに飲み物やリードのケースをちょっと置かせてもらうような近さだったりと、そんな雑多な雰囲気も魅力の一つだったりします。
そうなるとステージと客席を分けるのは何かというと、ミュージシャンが作り出す空気感に他ならないのです。
- -さあ、これから特別に素晴らしいことをするぞ!
- -これを聴き逃すととても後悔するだろう。
- -今から何をするのか教えてあげるから、まあ話をお聞きよ。
- -おっと、でもここは特別な場だからそれ以上は近づかないでくれよ。
といった感じでしょうか。 だから、演奏する前のMCがとても大切になってきます。この場合のMCはmaster of concertの略で、ミュージシャンのライブ中のトークを指す言葉です。
私はこれから演奏するスタンダードナンバーが、ミュージカル作品のものなのか、それとも映画の主題歌なのか、当時の流行歌だったのかを話します。
歌詞の引用をするにも、歌の内容に近い最近の出来事に絡めたりなどして、今も昔と変わらない恋模様や、ちょっと古臭い口説き文句などを紹介したりします。
ステージに立つ私を見て、歌の文句に出てくる悲しくも滑稽である、振られてばかりの主人公にでも姿を重ね合わせてくれたらと願ったりもします。
こうしたMCと演奏に、料理やお酒が添えられ、あとはそこに同席しているお客さんたちのため息やら笑い声やらが加わって、その日のステージというものが作り上げられます。
歌詞をろくに知りもしなかった若い頃。
ある結婚式の仕事に呼ばれたときのこと。普段はMCもせずにBGMに徹することがほとんどですが、このときは新郎新婦に向けてお祝いの言葉を述べて、そして二人に向けて演奏して欲しいという依頼でした。
私はベニーグッドマン(説明不要かと思いますが、King of Swing と呼ばれたクラリネット奏者でありバンドリーダー)の代表曲である、Memories of You(あなたの想い出)を、そのタイトルの意味から考えて選びました。
そして新郎新婦に、これから二人の想い出をたくさん作ってくださいというお祝いの言葉を述べた後、たっぷりと気持ちを込めて演奏しました。
新郎新婦だけでなく参列者の皆さんも喜んでくださいましたので、よしよしと思っていたのですが、後日Memories of Youの歌詞を目にすると「別れた彼女がどうしても忘れられない」という内容とのこと。
結婚式に似つかわしくない曲でした。
またあるときは、株が暴落して落ち込んでいる友人を励ましたくて、A Ghost of a Chance(ほのかな望み)を演奏したのですが、きちんと歌詞を調べてみると「ほのかな望みも“全くない”」という内容でした。
こういった出来事から反省し、タイトルだけで判断せずにきちんと歌詞の内容を理解して演奏しようと誓ったのでした。
“ゴミ捨て場で『Autumn In New York』を吹いていたデイルが、「歌詞を忘れてしまったから、これ以上は吹けない」と落胆するようにつぶやく”
こんな映画の1シーンがありましたが、私の場合はこんなにかっこいいモノではありませんね。