皆さまこんにちは。クラリネット奏者の益田英生です。
今回初めて文章を寄せさせていただきます。
初めましての方もいると思いますので簡単に自己紹介ですが、私は普段はジャズ奏者として活動しています。
ライブハウスやジャズクラブで演奏するほかにも、クラリネットビッグバンド「BLACK PIED PIPERS」や、ビッグバンド「益田英生&スウィングメイドオーケストラ」のリーダーとしてバンドを率いています。
最近はMC仕事なんかもありまして、演奏に司会にと楽しくやらせてもらっています。
今回は私の使っている楽器についてお話を。
どなたかが話していましたが、演奏家にとっての楽器というのは、武士にとって刀のようなものだ。戦いの道具であると同時に、忠義の証や名誉の象徴、そして武士道と切っても切れない縁を持つ相棒。刀は武士の魂というが、楽器は演奏家にとっての魂だ。
少し照れくさそうな顔をしながら、そう話していた方の大事そうにしている楽器が思い出されます。
ヤマハ SE ArtistModel(エスイー アーティストモデル)
これが私の魂です。
よくジャズを演奏していると、楽器はどちらのモノを使っているのですか?
やはりベニーグッドマンで有名なあのメーカーですか?と聞かれます。
あの時代にベニーグッドマンというスタープレイヤーが求めた音に応えたのがあの楽器でした。そしてそれに憧れた若者たちが、アメリカだけでなく我が国日本にもたくさんいたのでしょう。
今でもビンテージの楽器として、クラリネットのコレクターの方やジャズクラリネットの愛好家の方に、話を伺ったり、見せていただいたり、また実際に吹かせていただいたりすることがあります。
吹ける状態で現存していることに驚き、そして骨董品とも言えるそのクラリネットに触れることで、その時代を少しでも感じ取れたらと想いを馳せます。
私が好んで演奏しているのはスウィングジャズです。1930〜40年代に主にビッグバンドという形態で大変に流行った音楽です。
もちろんレコードも沢山残っていますので、その時代の音を今でも聴くことはできますが、時代の空気感や文化の香りというものを感じ取れないと、十分に理解をしたとは言い難いと考えています。
それは音楽からだけでなく、映画や小説からも見て取れますし、スタンダード曲の歌詞にある恋模様や洒落た言い回しからも伺えます。そして楽器といった物からも香ってきます。
それだけその時代の品々というのは、歴史的価値以上のものがあります。
ですが、ベニーグッドマンが今の世にいたら、どんな表情をして今の時代のクラリネットの音を聴くことでしょう。
「こんな素晴らしいもの使いやがって」と、「いいじゃないか少し吹かせてくれないか」と、妄想拗らせの私としてはちょっと思ったりするのですよ。自分の楽器に息を通しながら。
決して多くはないですが、それでも数々のメーカーの楽器を吹いてきた私としては、このヤマハ SE ArtistModelは、それだけの名器だと思っています。
少し控えめな広さのBARで、ピアノとデュオで演奏するときも。
マイクを使って、ベースやドラムが入った状態でライブハウスにて演奏するときも。
ビッグバンドをバックに、コンサートホールでSing, Sing, Sing を吹くようなときも。
どんなシーンにも満足いく内容で答えてくれるのが、今の相棒なのです。
綺麗にまとめ上げてくれるワイヤーのリガチャーと、少し薄めのリードを組み合わせると、ジャズクラブでの演奏のときなど、触れ合うグラスの音をかき消さないような音量で、それでいて豊かなサブトーンの息の音が聞こえるようにバラードを歌い上げることができます。
金属の厚めなリガチャーに、コシの強い、かといって厚い訳ではないリードを組み合わせると、ドラムを相手のトレードにも決して引けを取りません。
角度を少し上にあげてアンブシュアを開き気味に演奏すれば、デキシーランドジャズとしてトランペットによく絡んでくれます。
楽器に対して真正面から向き合って吹いてあげないと、なかなか思いに応えてくれない楽器というのも「こいつのことを分かってやれるのは俺だけだ」という、なんとも言い難い魅力があります。「クラリネットの弱点と思われていたことって、そのメーカーの弱点だったのか。こんなに苦もなく均一に音が綺麗に出るなんて」というのもあります。
そういうのではないのですよ、ヤマハ SE ArtistModelって。
息を入れると、その息が何も漏らすことなく隅々まで音に変化していく。グラデーションで変化していくみたいに境目なく変わっていくのですよ。
そこに心地よい抵抗のある吹奏感があり、口元や指に伝わる楽器の振動があり、青空の下で声を出している時のような開放感があり。
つまり吹いていて気持ち良いのです。言葉を選ばなければ快楽なのです。ただ音を出すことが、こんなに心地よいのかと思わせてくれる魅力があるのです。
もちろんそこに至るまでの試行錯誤はありますので、他の方が最初からその感想を抱くのかどうかはわかりません。
ですがそういう到達点(まだ通過点かもしれませんが)があることは伝えたいですね。
音楽を作り上げる前に、音を出す喜びを改めて感じとらせてくれたこの楽器に感謝しかありません。