トランペット奏者のエリック・ミヤシロさんが率いるユニット「4TRP. Legends(以下、4トランペットレジェンズ)」の結成と来日を記念したファンミーティングイベントが、5月26日(月)にヤマハ銀座スタジオにて開催されました。エリックさんの呼びかけによって結成された4トランペットレジェンズは、『ラ・ラ・ランド』『ミスター・インクレディブル』といった数多くの映画やTV番組のサウンドトラックを手がけてきたウェイン・バージェロンさんをはじめ、『スター・トレック』『バック・トゥー・ザ・フューチャー』などの映画作品のサウンドトラックにおける数々の演奏や、チック・コリアやウディ・ハーマンといったジャズ界のレジェンドとの共演で知られるアレン・ヴィズッティさん、そしてジャズに留まらず、クラシックやラテン、ポップスの分野でも活躍するホセ・シバハさんの4人からなる、まさに伝説的トランペット奏者の4人が結成したユニットです。
今回開催されたファンミーティングは、今年5月に結成されたばかりの同ユニットにとって初の日本ツアーの一環として実施されたものであり、かねてよりメンバーの全員がヤマハトランペットを愛用していることから交流のあったヤマハとの共同企画イベントとして開催されました。本記事では、イベント当日の様子と本番前に実施したメンバー4人へのインタビューの様子をお届けしていきます。
互いの演奏を讃えあう4人のレジェンズによるステージ
4トランペットレジェンズの4人の生演奏をお届けする第1部と、トークを交えながら事前に参加者から募った質問に4人が回答する第2部、そしてファンとの写真撮影&サイン会を実施した第3部からなる本イベント。4人のレジェンドの名演を間近で体感できるだけではなく、対面で言葉を交わすことができる貴重な機会に、当日はチケットが完売するほどの人気で、100名近いファンが集まりました。
「みなさんこんばんは。ようこそいらっしゃいました」と挨拶しながら、まずはエリックさんがステージに登場。この日を待ち望んでいたファンのみなさんからは、エリックさんを出迎えるようなあたたかい拍手が送られます。
エリック・ミヤシロさん
「今回はヤマハさんのご協力により、ファンミーティングという新しい試みを実現することができました。みなさんとの近い距離でのおしゃべりと、僕らの音楽を楽しんでいければと思います」とエリックさんが話し、「オーケー、それではさっそくレジェンドたちを呼んでみましょう!」と、ホセさん、アレンさん、ウェインさんの3人をステージに呼び込みます。客席からは歓声が上がり、4人のレジェンズが揃うステージに熱い視線が注がれました。
1曲目はエリックさんの楽曲「SKY DANCE」。2010年に発表された同名アルバムの冒頭を飾る楽曲であり、徐々に盛り上がりをみせていく、オープニングにぴったりのナンバーです。エリックさんがゆったりとメロディを吹きはじめ、ハーモニーを重ねていく3人。エリックさんのソロが終わると客席からは拍手が沸き、続いてドラムスの川口千里さんがダイナミックなドラムソロを披露します。その見事な演奏を讃えるように、観客の視線を川口さんへと促すエリックさん。続く中川就登 さんのピアノソロにもグッドサインを送ります。
ドラムス 川口千里さん
ピアノ 中川就登 さん
2曲目はウェインさんがリードをとるスウィングジャズナンバー「High Clouds and a Good Chance of Wayne Tonight」。「大好きな日本にまた来ることができてとても嬉しいです。こんなにも素晴らしいミュージシャンとともにステージに立つことができて光栄です」とウェインさんが挨拶をしてから、演奏がスタート。ホセさんのソロにウェインさんがハーモニーを重ね、さらにエリックさん、アレンさんが加わり、4人のトランペットがスイングするビートの上で力強く重なります。途中のピアノソロが終わると、エリックさんが全体のボリュームを抑えるようにバンドに合図を出し、ウェインさんがしっとりとソロを奏ではじめます。歌い上げるように徐々にヒートアップしていくウェインさんの演奏に拍手と歓声があがり、客席の温度が高まっていくのが感じられました。
ウェイン・バージェロンさん
演奏を終え、「もうニヤニヤしながら吹いていますよ」と嬉しくてたまらない様子のエリックさん。3曲目に入る前に、4トランペットレジェンズ発足の経緯について語りました。「僕は長年、ボーダレスな音楽ができるトランペット4人によるバンドをやりたいと思っていました。もし、サックスやトロンボーン奏者がいたら、今日は帰ってください(笑)」。そこでなぜかステージを去ろうとするホセさんの仕草に笑いが起こります。
3曲目はホセさんがリードをとる楽曲。「素晴らしいアーティストたちとこのステージが実現できたことを光栄に思います」という挨拶とともに、「素晴らしいリズム隊です!」とドラムスの川口さんとベースの川村竜さんを紹介。客席からは二人を讃える拍手が起こります。
照明が赤く変わり、60年代にアメリカで放送されたTV番組「グリーン・ホーネット」のテーマ曲「Flight of the Bumblebee」の演奏がスタート。3分弱の短い楽曲の間、休みなく高速でアップダウンを繰り返すフレーズを吹き切り、笑顔を浮かべて深くお辞儀をするホセさん。ステージ上で笑い合いながら目線を交わす4人の様子が印象的でした。
ホセ・シバハさん
「ここで少し、アレンさんのお話しをさせてください」と話しはじめるエリックさん。「彼の演奏に出会ったのは1977年。中学3年生の時、ハワイのワイキキ・シェルで開催されていたクールジャズフェスティバルという野外コンサートでした。当時僕はビックバンドに熱中していた少年で、ウディ・ハーマンのビックバンドでリードを吹いていたアレンさんの『Fire Dance』の演奏が、僕の人生を変えたんです」と、幼少期の思い出深い出来事を語りました。「ちなみに、今日トランペッターはどれくらいいる?」とエリックさんが問いかけると、客席に座る過半数の方の手があがります。「だったら、わかりますよね、われわれの苦労が(笑)。今日は安心してミスができます」と笑いを誘いました。
そして4曲目はアレンさんがリードをとる「Dragonfly」。演奏に入る前に、「日本に来れてとても嬉しいです」というアレンさんの日本語の挨拶に客席からは拍手が。続けてエリックさんが、「アレンさんが吹くパートは超絶技巧です。オクターブで上がったり下がったり、普通の人だったら吹けない。今回、われわれ残り3人の”凡人レジェンド”が(笑)、彼に追いつけるように演奏を振り分けています。上手くいったら拍手してくださいね」と、楽曲のアレンジの背景をユーモラスに解説します。
エリックさんの言う通り、アップダウンの激しい独特なパッセージを吹きはじめたアレンさんでしたが、「ゴメンナサイ!」と早々にリテイクをリクエスト。2テイク目で調子をつかんだアレンさんのすばやい演奏に、3人が尊敬の眼差しを注ぎます。そしてアレンさん続くフレーズをエリックさんが演奏し、吹き終えたあとに「オーケー?」と目線を送るエリックさん。世代を超えた尊敬と絆が窺える瞬間でした。
アレン・ヴィズッティさん
第一部を締め括る楽曲「Catch the rainbow」は、コロナ禍に実現したヤマハのプロジェクト「Yamaha Virtual Big Band」の楽曲として制作された一曲です。それぞれの自宅やスタジオでリモート録音された、当時の様子をエリックさんが振り返ります。「コロナ禍で生まれたポジティブな出来事は、リモートでも音楽ができる技術が発達したことだと思います。『一緒に演奏したい』という音楽への愛情があれば、しっかりとした強い音楽が生まれるということを、私たちは学ぶことができました。こうして今日、お客様の前で演奏できているのは奇跡のようなことだと思います」。
演奏がはじまり、ウェインさんからホセさんへとバトンを渡すようにメロディがつながれ、エリックさんとアレンさんのハーモニーが支えていきます。大胆な転拍子のあと、クライマックスに向けて徐々に盛り上がっていくエリックさんのソロ。そしてラストは4人の力強いハーモニーが響き渡り、会場は大きな拍手で包まれました。
「ハイノートはつくり上げるものではなく、発見するもの」
第一部が終わり、「お楽しみいただけていますか?」とエリックさん。「考えてみれば、僕らは4人ともリードプレイヤーなんですよね」と、あらためて4トランペットレジェンズのメンバーについて語ります。
「リードプレイヤーって、威張っているわけではないんだけど、癖が強いというか、自己主張が強い人が多いじゃないですか(笑)。なので、ぶつかり合ってしまいそうなものですが、お互いミスを笑い合ったり、お互いのプレイを楽しんだりしながら、今回の4公演を演奏させていただきました。みなさんのおかげです」
続く第二部は、事前に参加者から募った質問に4人のレジェンズが答えていきます。最初の質問は、「みなさんが今日使っているマウスピースの種類を教えてください」。エリックさんとウェインさんは、自身が監修したモデルが発売されている「GR」のマウスピースをはじめ、音色によって同メーカーのモデルを切り替えているようです。アレンさんは「ピケットブラス」のマウスピースを愛用しているそうで、「魔法のようだよ」と絶賛。ホセさんは、リードをとる楽曲ではウェインさんが監修したGRのモデルを使用しているようで、「さっき演奏したグリーン・ホーネットのテーマでもウェインのモデルを使ってみたけど、よかったよ」とウェインさんに感想を伝える場面も。
続いて「本番前にどのくらい練習しますか?」という質問には、ハリウッドのシーンで活躍するウェインさんならではの回答を聞くことができました。
「正直なところ、準備する時間がまったくない場合も時々あります。ハリウッドの映画業界では、事前に楽曲について知ることができないので、僕らはスタジオに行って演奏するだけ。準備できることといえば、トランペットの演奏技術だけですね」
続いて「軽い楽器のコントロールが難しいです。コツはありますか?」という質問に、「楽器を変えましょう」とアレンさんがピシャリと一言。会場とステージは笑いに包まれ、「はい、次の質問にいきましょう!」と仕切り直すエリックさんでした。
その後、「音楽人生のターニングポイントは?」「健康を維持するためにしていることはありますか?」などの質問が続きます。そして最後の質問は「ハイノートをたくさん吹くためのコンディションのつくり方は?」。第一部でもトレードマークのハイノートを響かせたウェインさんが、自身のルーツとなったエピソードを披露しました。
「私が最初に吹きはじめたのはフレンチホルンだったんですが、学生時代に所属していたオーケストラでトランペット奏者を必要としていたので、楽器を切り替えたんです。はじめて吹いた時、こんなふうに(実際に吹いてみせて)犬のしっぽを踏んでしまったような変な音が出たんですね(笑)。そこで先生が『もう一回吹いてみて』と言うので、てっきりひどい音だと怒られるのかと思ったんですが、ピアノの鍵盤を叩きながら『それはダブルハイCだ』と先生。『それっていいことですか?』と聞くと、『12歳にしては素晴らしいよ!』と。どうやら、私は生まれ持ってハイノートを吹く力があったようなんです(笑)。
私は、ハイノートはつくり上げる(build up)ものではなく、発見するものだと思っています。ハイトーンを出すには、楽器に吹き込む息の速さや、口の容積、舌の位置、歯並びなど、物理的な条件が必要です。それは演奏者によって異なるので、自分自身で発見する必要があるんです」
そして第三部は、サイン会&写真撮影の時間です。持参した楽器ケースにサインをお願いする方や、メンバーの一人ひとりに握手を求めるファンの方々、そしてじっくりとファンの言葉に耳を傾けるレジェンズの4人。ファンミーティングイベントらしい、親密な雰囲気が会場に満ちていました。
「私にとってヤマハは家族のようなもの」4TRP. Legends インタビュー
最後に、本番前の短い時間ではありましたが、4トランペットレジェンズのメンバーに実施したインタビュー取材の一部をご紹介します。4人のレジェンズに、ヤマハ楽器との出会いや楽器メーカーとしてのヤマハの魅力についてお話しいただきました。
ーウェインさんは2006年に発売されたシグネチャーモデル「YTR-8335LA」の開発を監修いただきました。当時、印象的だったことはありますか?
ウェイン:シグネチャーモデルを演奏しているときに、私の隣にいた共演者のプレーヤーが、その音の違いに気づいてくれたことですね。イントネーションと音程がもっとよくなったと言ってくれました。
ー一方でエリックさんは、2004年発売のシグネチャーモデル「YTR-8340EM」および2021年の後継モデル「YTR-8330EM」の開発に監修いただきました。当時を振り返ってみていかがですか?
エリック:なにより、ヤマハという企業が持つクラフトマンシップを感じましたね。完成度と正確性において、ヤマハはこの業界の中で特に優れていると思いますし、それはヤマハが発展し続けているなによりの理由だと思います。
ーはじめてヤマハの楽器を演奏した時、どのような印象を持ちましたか?
ホセ:ヤマハの楽器との出会いは、私が所属しているボストン・ブラスでの演奏がはじめてでしたが、そのサウンドと正確性、そしてなによりとても吹きやすいことに感動したのを覚えています。ボストン・ブラスの他のメンバーもそのサウンドにとても感動していて、その後みんながヤマハの楽器を使いはじめました。
ーヤマハの楽器を使い続けている理由はなんですか?
ホセ:楽器の背景に哲学が感じられることが大きな理由ですね。楽器の正確性と効率性の高さによって音楽を自由に奏でることができますし、様々なスタイルに挑戦することができます。
ープロフェッショナルの世界では、ヤマハのトランペットはどのように認識されているのでしょうか?
エリック:ヤマハがメーカーとして特別なのは、開発に関わる方々の存在があってこそだと思います。R&D部門の方々はとても音楽に情熱を持っていて、ご自身でも演奏される方がたくさんいらっしゃいます。アーティストとしては、企業とコラボレーションする際にもっとも注力したいのは、マーケティングではなく音楽なんです。その点、ヤマハの方々とはとても仕事がしやすく、みなさんが楽器演奏者だからこその話しやすさがあると思います。
ーこれまでヤマハの楽器を使用した演奏の中で最も忘れがたいものはありますか?
アレン:以前、ヤマハの協力でひらくことができたコンサートがとても印象的でした。ピアニストである妻のローラと一緒に演奏することができ、すばらしい機会をいただきましたね。
ー最後に、ヤマハとはどのような存在なのかをお聞かせください。
ウェイン:世界中のヤマハで働いている方々と友人になることができ、私にとってヤマハは家族のようなものです。それに、これほど音楽教育に熱心に取り組んでいる企業は、世界中でもヤマハの他に類を見ません。私はヤマハのパフォーミングアーティストであることを誇りに思っています。
ー本日はありがとうございました!
写真:西田香織 取材・文:堀合俊博(a small good publishing)