指一本でも華麗な音色を響かせたい。憧れのピアニストと共演したい──。そんな音楽の喜びを実現させるイベントが2022年9月25日(日)~26日(月)に、横浜市役所アトリウムで開かれた。「だれでもピアノ®を弾こう!in横浜市役所~SYNC AI session~」と題したイベントで、横浜の“街”そのものを舞台として開催中の「横浜音祭り2022」の一環で行われた。
今回は、東京藝術大学COI拠点が2015年にヤマハ株式会社と共同開発した自動伴奏追従機能の付いたピアノ「だれでもピアノ」の体験会と、YouTubeのチャンネル登録者数200万人を超える人気ピアニスト・作曲家の「よみぃ」の演奏・映像と“セッション”ができる「SYNC AI session」の二本立てで開催された。会場に用意されたのは、横浜市が所有するヤマハ最高峰のコンサートグランドピアノ「CFX」。自動演奏機能を搭載したCFXは日本でこの一台だという。
指一本で演奏が楽しめる「だれでもピアノ」体験会
「だれでもピアノ」体験会には、多くの肢体不自由者が参加した。元々、「だれでもピアノ」の開発のきっかけになったのは、右手ひとさし指だけでショパンのノクターンを練習していた肢体不自由の女子高生。このピアノは、音楽の先生が寄り添って左手やペダルの動きを担うように、テンポやタイミングを判断して伴奏やペダル、装飾音を自動で付けてくれる。車椅子に座った姿勢でピアノに向き合う人だけでなく、ストレッチャーをピアノに横付けして手を伸ばす人や、指の代わりにゲンコツで鍵盤をたたく人もいた。
「きらきら星」や「ノクターン」「アメイジング・グレイス」──。両親や藝大生のサポートを受けながら、参加者がゆっくりと鍵盤をたたくと、麗しい伴奏が広がっていく。テンポを一定に刻まなくても、伴奏は先へ進まず次の音を待ってくれる。参加者の父母たちも音色の美しさにうっとりしながら、わが子らが一曲を弾ききったことに喜び、最後はピアノの前で記念撮影をしていた。参加者一組あたり10分以上の時間がたっぷりと割り当てられ、観客や関係者たちも一音一音を見守って、惜しみない拍手を送っていた。
「だれでもピアノ」は2021年、科学技術イノベーション(Science, Technology and Innovation:STI)を用いて社会課題を解決する地域における優れた取り組みを表彰する「STI for SDGs」アワードで、文部科学大臣賞を受賞している。会場の一角には「INCLUSIVE&SDGs すべての人に音楽の喜びを~インクルーシブ社会に向けたヤマハの取り組み~」として、手の不自由な人のために開発された片手で演奏できるリコーダーや、タンザニアにおける木管楽器の材料となる樹木の植林活動の紹介パネル、シタールの音源を搭載したインド専用モデルのキーボードなどの展示があり、ヤマハがベトナムやインドネシアなどで取り組む音楽教育の支援「スクールプロジェクト」を紹介する映像も流されていた。
よみぃの演奏・映像と“セッション”ができる「SYNC AI session」
「SYNC AI session」のパートでは、CFXの対面にもう一台のピアノが設置された。参加者のピアノに合わせてCFXの鍵盤が自動でハーモニーを奏で、2台のピアノによる連弾が楽しめるというもの。CFXの演奏には、ヤマハの人工知能(AI)合奏システムが使用されている。しかも、AIの演奏データはピアニスト・作曲家の「よみぃ」によるもので、よみぃが弾く映像も同時に流れるという新たな試みのお披露目となった。
最初の参加者は、小学6年生の男の子で、課題曲の中で最も難しい「千本桜(上級・AIよみぃと本格連弾)」にチャレンジ。速いテンポをあおるような「AIよみぃ」のダイナミックな演奏に乱されることなく、最後まで止まらずに弾ききった男の子に、映像のAIよみぃも立ち上がって拍手を送っていた。男の子は「楽しかった。連弾がうまくできてよかった」と喜んでいた。
続いて会場には、サプライズでよみぃ本人が登場。本物とAIよみぃの共演という珍しいパフォーマンスに、集まったファンたちが写真や動画を撮りながら興味深く見入っていた。さらに、ヤマハミュージックジャパンの押木正人社長が登場し、「よみぃさん、本当に耳コピをやっているんですか」と投げかけ、SEKAI NO OWARI「Habit」をその場で耳コピしての演奏をリクエストする一幕もあった。
参加者の中には、よみぃのファンという70歳の女性の姿もあった。ピアノは昔から好きだが自身は弾けないため、小さい頃から習わせたという娘(43)を同行して訪れたという。娘は「千本桜」を、自身は片手で「きらきら星」を演奏。「弾けないくせに弾けちゃった感じになっちゃう。娘にピアノを始めさせた30年以上前にも自動演奏ピアノは存在していたというが、「今は演奏に合わせてくれるまでになったなんて。ピアノの進化はどこまで行っちゃうんだろう」と驚いていた。
パフォーマンスの後、よみぃは「以前、僕と連弾したい人の列が出来て100曲ぐらい弾いた経験があります。みなさんと連弾したいんですけど手の限界もあるので、そういったところも解消してくれるのではないか」とAIよみぃに期待していた。また、参加者の演奏に合わせて遅くしたり速くしたりする判断は、あくまでもAIが担うが、「うまく合わなくて、『よみぃ下手じゃん』と思われたとしても僕は受け入れる覚悟があります(笑)」と話した。
写真左から、ヤマハとともにだれでもピアノの開発に携わった東京藝術大学 客員教授の新井鷗子さん、YouTuberでもある、ピアニスト・作曲家のよみぃさん、AI合奏システムの生みの親、ヤマハ研究開発統括部 前澤陽さん。
文:仁川清
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