2024年10月6日、ヤマハ独自の9cmフルレンジスピーカーユニットを使った自作スピーカーの試聴イベントが開催されました。本イベントは、ヤマハが開発した新素材の振動板とサラウンド(エッジ)を使用したスピーカーユニットのプロトタイプを参加者に提供し、参加者独自の視点でオリジナルスピーカーを製作いただくというもの。当日、会場には全国から9名の参加者が集まり、ご持参いただいたスピーカーを順番に試聴しながら、それぞれの製作プロセスについてお話しいただきました。
多種多様でユニークな作品が会場に並ぶなか、一際目を引いたのが大同大学の学生2人組による、とぐろを巻いたようなスピーカーです。塩化ビニル管で部品を組み上げ、パーツの一部を3Dプリンタで出力して製作されたという本作品について、開発者の2人と製作指導をされた先生にお話をお聞きしました。
(左から)大同大学機械システム工学科教授 大嶋和彦さん、大久保晴友さん、宇佐美颯さん
スピーカーで音楽を聴く楽しさを知った製作プロセス
―― 今回応募されたスピーカーはユニークなかたちが一際目を引きました。どのような意図があるのでしょうか?
大嶋和彦教授(以下、大嶋)
スピーカーのエンクロージャはおもに木工でおこなわれることが多いと思いますが、工作経験の少ない学生たちにとっては、木の板で直方体をつくるのもなかなか難しいものです。塩化ビニル管(以下、塩ビ管)の場合、部品をつなげるだけで基本的なバックロードホーン型のエンクロージャをつくることができるので、学生たちでも取り組みやすい方法として採用した経緯があります。
今回製作された塩化ビニル管製のオリジナルスピーカー。3D プリンタで製作したホーン部分の出力には開口部だけで丸4日かかったそうです。
―― もともと大嶋先生はスピーカーの研究をされているのでしょうか?
大嶋
いや、実はまったくそうではなくて、スピーカーづくりはあくまでも趣味なんです。ある時、スピーカーに興味のある学生を対象にスピーカー製作の実習を研究室で実施したところ、普段自分の専門分野を教えている時よりも、学生たちの食いつきがよかったんですね。それに、工学部はものをつくることを学ぶ場所でもあり、設計したものを工作し、音を聴いた上で調整を繰り返すスピーカーづくりのプロセスは、ものづくりのPDCAサイクルを経験する上で最適だと気がついたんです。これは学生たちにとってとてもいい学びの経験になると思い、毎年1組だけを対象にスピーカーの製作を学生たちに取り組ませています。
―― スピーカーを製作された2人は、もともと興味があって大嶋先生の研究室に入ったんですか?
大久保晴友さん(以下、大久保)
そうですね。大嶋先生の研究室で塩ビ管のスピーカー製作を実施していることに興味を持ち、研究室に入りました。とはいえ、普段はイヤホンで音楽を聴いていたので、スピーカーで音楽を聴く経験はありませんでした。
―― 今回はどのような経緯でイベントに参加されたのでしょうか?
大嶋
オーディオ好きの仲間からこのイベントについて教えてもらい、学生たちの卒業研究発表よりも少し早い時期だったんですが、いい経験になるだろうと思い、エントリーしました。4月からの約半年間を製作期間に充てましたが、最終的には締め切りギリギリの完成でしたね。
―― 製作はどのように進めていきましたか?
宇佐美颯さん(以下、宇佐美)
イベントへのエントリーが決まり、最初は先生が用意した別のユニットを使って試作を進めていきました。ヤマハのユニットが研究室に届き、さっそく試作品につないで音を聴いてみたところ、あまりの音の違いに驚きましたね。試作品のエンクロージャではユニットの音に負けてしまうと感じたので、ユニットの弱点を補強するためではなく、高性能ユニットの性能をバックアップするエンクロージャのあり方を考えていきました。さまざまな長さの塩ビ管を組み替えながら、どんな音のスピーカーにしていくべきなのかの検討にはとても時間がかかりました。
試聴イベントでの発表中の様子
大久保
僕らだけだと音の違いを評価できない場面もあったので、先生にアドバイスをいただきながら、バックロードホーン型らしい、音楽の楽しさが感じられるスピーカーを目指しました。変更を加えていく過程で音の違いが徐々にわかってくるようになり、最終的には自分たちがイメージしたスピーカーに仕上げることができたのではないかと思います。
―― 試行錯誤のプロセスで印象的だったことはありますか?
宇佐美
最初は低音や高音の強弱を比較しながら検討していたんですが、大嶋教授から「細かな違いに気を取られてしまうよりも、楽しいと感じる音にした方がいい」とお話しいただいたことが印象に残っています。それからは、単純に僕らが楽しいと感じられる音のスピーカーになるように調整していきました。
大嶋
彼らはスピーカーで音楽を聴いたことがなかったので、最初はどんな音がいい音なのか、評価するのが難しかったのではないかと思います。スピーカーの調整をしながら周波数などの数値を比較することもできたんですが、あまり分析的になってしまうと面白味がなく生気のない音になってしまうんじゃないかなと考えたんですね。私自身、分析的に聴くよりも、音楽を聴いた時のウキウキする感じや、気持ちが華やかになってくる感覚を楽しみたいと思っていますし、そういった音楽の楽しみ方ができるのは、スピーカーで聴くオーディオならではの魅力だと思うので、数値では表せない、感覚に訴えかけてくる音がいいんじゃないかと学生たちに問いかけてみました。
―― スピーカー製作の経験を通して、音楽の聴き方に変化はありましたか?
宇佐美
製作過程でいろんなスピーカーを試聴したので、ヘッドホンやイヤホンだけでは物足りなく感じるようになりました。スピーカーで聴いた方が、ホールで音楽を聴いているような音の広がり方や厚みが感じられるようになったと思います。
大久保
逆に、街中のスピーカーから流れてくる音を聴いた時に、「この音、あんまりよくないな」と思うようになってしまいましたね…(笑)。
宇佐美
耳が肥えてきたってことだね。
―― 最後に、今回イベントに参加した感想をお聞かせください。
大久保
ものをつくることは他の授業でも経験していましたが、長期間本格的に製作に打ち込むことができたのは今回がはじめてでした。夏休みの期間中、僕ら2人だけが誰もいない大学の研究室に通い続けていたんですが、毎日どうすればもっといい音になるのかを考えるために大学に来るのが楽しくて、こんな体験ができて本当によかったなと思います。
宇佐美
スピーカー製作を通して、ものづくりの一連の流れを学べたのがよかったですね。普段ヘッドホンやイヤホンだけで音楽を聴いているのはもったいないと思うようになったので、音楽が好きな友人にもスピーカーで聴くことを薦めていきたいなと思います。
大嶋
2人とも昼夜を問わず頑張って製作に取り組んでいたので、とてもいい経験になったんじゃないかなと思います。通常の卒業研究では研究室の中に閉じこもったきりなんですが、こういった会場でいろんな方と触れ合うことができたのもよかったなと。私自身、学生たちのやる気に火をつけることができ、教員としての充実感が得られる経験になりました。いちオーディオファンとしても、若い世代にスピーカーの魅力を伝えることで、裾野を広げていくことに貢献できたのではないかと思っています。
イベントを通じてスピーカーユニットの性能を検証していく新たな試み
正式リリース前のプロトタイプを公開し、参加者の方々に製品の性能を感じていただく機会をつくった今回のイベントは、ヤマハとしても異例の試みだったといえます。イベント開催の背景にあった思いと今後の展望について、開発チームの3名が語り合いました。
(左から)ヤマハ株式会社 電子デバイス_スピーカー開発グループ グェン タン、研究開発統括部 先進技術開発部 楽器・音響グループ 佐野常典、デザイン研究所 寺崎吉伸
―― 今回のイベントの企画が立ち上がった経緯をお聞かせください。
佐野常典(以下、佐野)
もともとは、ヤマハ独自の9cmフルレンジスピーカーユニットの開発がきっかけとなり生まれた企画でした。なんとか世に出す方法はないだろうかと社内で議論するなかで、ヤマハが実践しているボトムアップ型の新規事業立ち上げプログラム「ValueAmplifier」の一環として、スピーカーユニットの魅力を伝えていく活動を実施することになったんです。
寺崎吉伸(以下、寺崎)
そこで、まずはユニットの価値を検証するために、スピーカー制作と試聴のイベントを実施することで、たくさんの方にこのユニットの音に触れていただきたいと考えました。
―― 商品としての発売の前に一般の参加者を巻き込みながら製品の可能性を検証していく、ある種のオープンイノベーションのような機会になったのではないかと感じます。
佐野
そうですね。今回のイベントの前に、オーディオ制作のベテランの方にこのユニットを使ってスピーカーを制作いただくプレイベントを開催したのですが、そこで十分な手応えを感じることができたので、一般公募のイベントの開催に至った経緯があります。
試聴イベント会場の様子
また、プレイベントと並行して社内向けのスピーカー制作イベントも実施したことも、今回の活動におけるもう一つの成果でした。スピーカーづくりの知識や経験のない社員でも挑戦できるように、事前に勉強会を開いたところ、20〜30代の若手社員が積極的に参加してくれたのには驚きましたね。
グェン タン(以下、タン)
私は普段スピーカーの音質評価などを担当しており、スピーカーづくりの経験はなかったのですが、たまたま休憩時間に社内イベントの通達を見かけて、おもしろそうだなと思い参加しました。当時はまだ入社2年目だったので、スピーカーの仕組みや必要な機材について先輩方に教えてもらいながら、一緒に参加した同期と共同で制作に取り組みました。
佐野
彼女が制作したスピーカーはなによりコンセプトがおもしろくて、アクリル製のスピーカーの中のキャラクターが、音に合わせて動き出す仕組みになっているんです。
タン
見た目一発で笑いが取れるスピーカーだと思います(笑)。このスピーカーでは、音が流れる時に空気がどのような動きをしているのかを可視化しようと思ったんですね。当初は粉などの素材を使う案もあったんですが、一緒に参加した同期が小学生の頃に漫画家を目指していたという話を聞いていたので、オリジナルのキャラクターを描いてもらい、バスレフの出入り口にキャラクターを印刷した紙を貼ることで、音に合わせて踊り出すような仕組みにしています。
佐野
チカチカと電気の色が変わるのもおもしろいですね。まさかこんな見た目のスピーカーからいい音が出るとは思わなかったのですが、実際に鳴らしてみた時の音質には驚きました。オーディオ好きが集まる試聴会でも鳴らしてみたところ、年配のオーディオファンが唖然としていたのも印象的でしたね(笑)。
―― 音色の面ではどのようなスピーカーを目指しましたか?
タン
最近は低音を重視した音楽が人気ですが、低音だけではなく、楽器やボーカルもきちんとクリアに聴こえるような、伸びのいい高音を意識した明るい音色のスピーカーを目指しました。バスレフをつける角度やフレアの曲げ角度など、社内のいろんな方の話を聞きながら試行錯誤を繰り返した結果、シミュレーションしていた周波数特性とだいたい同じ数値のスピーカーとして仕上げることができた時には達成感がありましたね。
同じくイベントに参加した他の社員が制作したスピーカーと聴き比べてみても、低音もしくは高音重視の方もいれば、ボーカルや楽器がクリアに聴こえるスピーカーなど、同じユニットなのにまったく音響特性の数値が違っていたのがおもしろかったですね。このユニットは周波数レンジが広いので、それぞれ自由にスピーカーをつくることができたんだと思います。
寺崎
普段、自分はハイファイオーディオなどのデザインを担当していますが、今回のイベントでは参加者の方に、それぞれの音の好みやテーマに合わせてデザインされているスピーカーを拝見することができ、自分の仕事を振り返る機会にもなりました。同時に、ヤマハのデザインのユニークさにも気づくきっかけになったと思います。
―― かならずしも直方体の筐体に限らない、スピーカーをデザインすることの自由さを感じるイベントでもあったと思います。
寺崎
そうですね。外観を問わず、音質についてもとても楽しいスピーカーをたくさん提案いただいたので、このユニットの性能を検証する場としてもうまくいったのではないかと思います。
他の電子楽器に搭載している小型のスピーカーユニットにおいても、音質にこだわって開発を続けてきた歴史がヤマハにはあります。振動板からスピーカーユニットを開発できるという強みをしっかり打ち出していきたいと考えています。
―― 最後に、本イベントの成果を踏まえた今後の展望をお聞かせください。
佐野
実はヤマハには30年ほど前にスピーカーユニットを販売していました。今後ふたたびヤマハブランドとしての品質を、そして何よりこのユニットの魅力をひろく伝えていくために、今回実施した反響を踏まえたワークショップやイベントなどを開催出来たら良いと考えています。
同時に、オリジナルのスピーカーをつくる楽しさを若い世代に伝えていきたいですね。自作スピーカーの文化は日本独特のもので、現在は主にシニアの方々が楽しまれていますが、この文化を守るためにどのような貢献ができるのか、これからの活動を通じて考えていきたいと思っています。
撮影:木澤淳一郎(WESTGATE)取材・文:堀合俊博(a small good publishing)