2023年11月3日からの3日間、最高峰のオーディオブランドが一堂に会する「2023東京インターナショナルオーディオショウ」が東京国際フォーラムにて開催されました。今年で40回目を迎える本イベントに、200を越える国内外のブランドが集い、高級オーディオ機器に関心の高い数多くの方が訪れました。今年もヤマハはブースを出展し、試聴イベントなどを多数開催。本記事ではその中でも大好評だった、中島みゆきをはじめ吉田拓郎、長渕剛、德永英明、など数々のミュージシャンの楽曲アレンジとプロデュースを手がけてきた音楽プロデューサー・瀬尾一三さんを迎えて実施した「Yamaha Flagship 5000 Seriesで聴く中島みゆき~Special~」の様子をお伝えします。
「TRUE SOUND」を実現するスピーカーで体験する、中島みゆきの楽曲の魅力
1988年にリリースされたアルバム『グッバイガール』以降、中島みゆきのすべての作品のアレンジ・プロデュースに関わってきた瀬尾一三さん。このイベントでは、今年リリースされた中島さんの最新アルバム『世界が違って見える日』に収録された楽曲や、往年の名曲を含む全4曲の試聴(*)を交えながら、楽曲が生まれた背景を瀬尾さんにお話しいただきました。
*試聴には「Yamaha Flagship 5000 Series」を使用
試聴のために使用したヤマハのフラッグシップスピーカー「NS-5000」
展示コーナーの様子
当日のオーディオ再生には、フラッグシップモデルであるスピーカー「NS-5000」、パワーアンプ「M-5000」、プリアンプ「C-5000」を軸に、各メディアに合わせてCDプレーヤー「CD-S3000」、ターンテーブル「GT-5000」を使用。映像とともに再生する際には、ネットワークレシーバー「RN-2000A」を使用しました。いずれの機器も、ヤマハが目指す「TRUE SOUND」(アーティストが音楽に込めた想いの全てを表現し人の感情を動かす音)を実現するために、ヤマハの技術力が凝縮されたモデルであり、楽曲に込めた想いを瀬尾さんにうかがう本イベントに最適のセットアップとして設えたものです。
イベント開始時間になると、満席の会場に訪れた瀬尾さんに拍手が沸き起こりました。来年予定されている中島みゆき コンサート「歌会 VOL.1」に向けた準備が佳境を迎えているという瀬尾さんは、少しお疲れのご様子でしたが、ユーモアを交えながら近況を語り、会場は笑いに包まれました。
1曲目に試聴したのは、2023年9月に公開された『アリスとテレスのまぼろし工場』の主題歌として書き下ろされた『心音(しんおん)』。アニメーション映画の世界観を表現する楽曲のアレンジに取り組んだ背景について、瀬尾さんが解説します。
「去年リリースした中島さんのアルバム『世界が違って見える日』の制作が終わり、しばらくは休めるかな……と思っていたら、『私、こういう仕事をやりたいの』と、突然中島さんに言われまして(笑)。『分かりました、それじゃぁスイッチを切らないでおきます!』とお答えしてはじまった仕事でした。
『アリスとテレスのまぼろし工場』については、どんな内容の映画なのかは知っていたものの、監督とお会いした段階ではまだ絵がシーンとしてつながっていなかったんです。なので、『この映画を代表しているシーンを僕に見せてください』とお話ししたところ、MVの中でも映っている廃工場の絵を見せてくださったんですね。『わかりました。このイメージで書きます』とお伝えし、制作に入りました。
中島さんは当て書きの名人なので、楽曲については心配していなかったんですが、デモテープを聞いた時にはさすがだなと思いましたね。僕の作業がはじまってからは、見せていただいた絵から本編をイメージしながら、監督の映像と中島さんの歌に統一感を出せるようにアレンジに取り組みました」
瀬尾一三
1947年9月30日生。兵庫県出身、音楽プロデューサー、編曲家、作曲家。1969年フォークグループ「愚」として活動。1973年ソロシンガーとしてアルバム『獏』をリリース。同年に今作品収録曲『落陽』が録音された『LIVE'73』を吉田拓郎と共同プロデュース。その後、中島みゆきをはじめ、吉田拓郎、長渕剛、德永英明 他、今作品に収録された日本のポップス、ロックシーンの黎明期から現在まで燦然と光輝くアーティスト達の作品のアレンジ(編曲)やプロデュースを手掛け、中島みゆきに於いてはコンサート、「夜会」「夜会工場」の音楽プロデュースも務めている。2020年自身の50年に及ぶ音楽活動をアーカイブした書籍『音楽と契約した男 瀬尾一三』をヤマハから出版。
楽曲のストーリーを表現するアレンジが生まれるまで
2曲目に試聴したのは1994年にリリースされた『空と君のあいだに』。瀬尾さんは「同情するなら金をくれ、のやつね」と、当時主題歌として使用されていたドラマ「家なき子」の有名なセリフに触れ、会場の笑いを誘いました。アレンジの方法について聞かれた瀬尾さんは、独自の編曲観について語ります。
「普段からよく、『どうやってアレンジしているんですか?』と聞かれるんですが、逆にみなさん、このメロディを聞いたらアレンジできませんか?(笑)そんな感じなんですよ、僕にとってのアレンジとは。メロディを聴けば、もう伴奏が出てきちゃうんです。もちろん、苦しい時もありますけれど、中島さんがピアノで録ったデモテープを聞いているうちに、頭の中でいろんな楽器の音が出てくるので、ただそれを書くだけ。シンガーソングライターである彼女の歌を主人公に、どんなストーリーが動いていくのか、その背景を表現することを考えながらアレンジしていきます」
続いて試聴した『糸』について解説する場面では、プロ・アマを問わず、数多くの方にカバーされ続けているこの楽曲の現状への心情を語りながら、具体的なアレンジプロセスについて解説しました。
「『糸』はあくまでアルバムの中の1曲として録音したものでしたが、まさかこんなに人気の楽曲になるとは思っていなかったですね。ありがたいことです。いろんな方にカバーしていただいていますが、できれば桜井(和寿)さんや福山(雅治)さんが歌っているバージョンだけではなくて、中島さんの『糸』を聞いて、中島さんのフレーバーが感じられる歌い方をしてくれると嬉しいなとは思いますね。
この曲では、中島さんを“天女”にして、彼女が地上のみんなに愛を持って歌いかけるようなイメージでアレンジをしていきました。羽衣をまとって雲の間を漂っている天女を表現するために、和楽器の笙の音を入れています。途中からハープが入っているのは、他の国の神様も入れなくちゃと思ったから(笑)。2番からは、地上に降りた生身の人間が歌っているイメージで、3番からまた天上に登っていく。でも、こうやって種明かしをしたからといって、これが正解ではないですよ。あくまで僕のアレンジの方法論でしかないので、みなさんが感じたことが正しいのです」
続いて今年リリースされた『世界が違って見える日』のラストを飾る一曲『夢の京(みやこ)』。当日は、出来上がったばかりだというレコードのサンプル盤 (『世界が違って見える日』<完全生産限定アナログレコード(LP)>2024年1月発売 )での試聴となりました。「アナログで聴くと、中島さんの声のちょうど真ん中辺りの線がきれいに鳴るので、歌にふくよかさが生まれますね」と、中島さんの歌声とレコードの相性の良さを指摘し、アルバムの制作背景について解説しました。
「一般的には、すべてのオケを録った後に歌を入れる方が多いと思いますが、中島さんの場合は、ピアノ、ギター、ベース、ドラムのフォーリズムの生演奏と、中島さんの歌を同時に録っています。そうした方が、ミュージシャンたちと中島さんとのあいだに駆け引きが生まれて、一緒に盛り上がっていく臨場感が出るのです。
このやり方はアナログ時代のレコーディングからやっていたんですけれど、コロナ禍ではまったくできなくなってしまっていました。『世界が違って見える日』の制作の時はかなりひさしぶりだったので、『中島さん、大丈夫かな?』と思いましたが、もう、一曲目から全然大丈夫でしたね(笑)」
ラストに試聴した楽曲は、ライブ映像『中島みゆき「縁会」2012〜3』より、『ヘッドライト・テールライト』。イベントの締めくくりに、中島さんとのコラボレーションの日々について回想する瀬尾さんの言葉からは、ふたりのあいだに培われてきた確かな信頼関係が感じられました。
「この35年間、本当にずっと中島みゆき漬けになってしまって、僕はどこかで道を間違えましたね(笑)。ほかのプロデューサーとやった方がいいんじゃないかと、そんな話を過去に何回かしたことあるんですけど、毎回『ふーん。私、歌わないかもしれないよ」と脅すんです(笑)。そのたびに、『はい、分かりました、やります!』ってね」
「海外の人たちがシティポップを楽しんでいるのは、洋楽の“闇鍋”感があるからだと思いますよ」瀬尾一三さん単独インタビュー
イベント当日、短い時間ではありましたが、瀬尾さんのインタビュー取材が実現しました。リスナーのオーディオ環境についての理想や、瀬尾さんがアレンジした楽曲に再び注目が集まっている「シティポップ」ブームへの考え、さらには最近衝撃を受けたという若手ミュージシャンについてなど、さまざまな質問にお答えいただいたインタビューの模様をお届けします。
-楽曲のプロデュース・編曲をされる中で、リスナーのオーディオ環境を意識されることはありますか?
僕がいつも思っているのは、スタジオで中島さんをはじめとするミュージシャンたちと一緒につくり上げた音を、できるだけそのまま聞いてもらいたいということですね。スタジオでは、音を足し引きしたり、電子音や効果音を追加したりした後に、いわゆるポストプロダクションのプロセスを経て楽曲が完成しますが、僕と中島さんが「これがいい」と共有した楽曲のイメージと、できるだけ近い状態で聞いてほしいなと思います。ストリーミングサービスの場合、圧縮された音源になってしまうので、CDで聞いてもらえるのがいちばんの理想ですね。
-アナログ時代からプロデュースに携われていますが、90年代以降、デジタルの制作環境が一般化したことで、アレンジに変化はありましたか?
以前はトラック数に制限があったので、音を足したい時には上書きをしなければいけなかったけれど、現在は制限がなくなったので、いくらでも時間をかけて録音できるようになりました。でも、逆に余計な音が増えてしまいがちだと思いますね。僕はいつもその場で即決しますし、最大48チャンネルまでしか使いません。
-瀬尾さんが編曲される楽曲にはさまざまな楽器が用いられていますが、どのようにアレンジを決めていますか?
僕はアカデミックな音楽をまったく習っていないので、音楽の基本をなにも知らないんです。ただ自分の中で「こんな風にアレンジしたい」という音が鳴っているので、その楽器を選んでいるだけです。楽譜の書き方も独学なので、仕事をはじめたばかりの頃は、バイオリンの楽譜でG線より下の音を書いてしまって、「この音は出ませんよ」とバイオリニストに言われたり。そうやって覚えていったんですよ。
-アレンジのイメージはどのように固めていくのでしょうか?
どんな感じ、どんなフレーズ、どんな構成がいいかというのは、小さい頃から現在までに聴いてきた音楽の要素が、自分を通して出てくることで判断できるようになります。それは生まれた時から持っている先天的なものではなく、あくまで後天的なものですね。
-ここ数年、国内外で「シティポップ」がとても流行っています。わざわざ外国から日本にレコードを買い求めに来る方もいますが、瀬尾さんがアレンジされた楽曲が再び注目を集めていることについてどのように感じていますか?
これは個人的な意見ですけど、僕たちがあの時代に一生懸命取り入れようとした洋楽のエッセンスがいっぱい入っていることが、海外の人からするとおもしろいんだと思います。シティポップの音楽には、もともと日本にはなかった音楽の要素が、メロディと歌の中に入っている。ロサンゼルスなどの西海岸のサウンドから、東海岸のニューヨークのサウンド、さらにはモータウンのサウンドまでが、1曲の中にコンパクトに収まっているんですね。いま海外の人たちがシティポップを楽しんでいるのは、そんな洋楽の“闇鍋”感があるからだと思いますよ。
-それは当時瀬尾さんが聴かれていた海外の音楽の要素を入れたからそうなったのでしょうか?
そうそう。僕らが子どものころは、歌謡曲しかなかったんだよね。海外から音楽が輸入されてきたのは、グループサウンズ以降からかな。アメリカの音楽は東西南北によってまったく違うので、各地方で発信されていた音楽を取り入れて、どのように日本で表現するかを考えていたら、闇鍋にするしかなかったんですよ。
-今後瀬尾さんがつくってみたい音楽などはありますか?
中島さん以外、がいいかな(笑)。あと、やってみたい音楽というわけではないけれど、ここ数年で衝撃を受けたのは、Adoの『うっせぇわ』と、Yukopiの『強風オールバック』。僕は普段ほとんど日本の音楽を聞かないけれど、この2曲は理屈抜きに「やられた」と思った。もうすべてがぶっ飛んでいて、ものすごく聴きましたよ。
ーどのあたりに衝撃を受けられたかをお聞きしたいです。
音楽性としてのすごさを感じたとか、そういうわけではないのだけれど、この時代に突然現れた存在としての衝撃を感じましたね。カンフル剤みたいに、とてもエネルギーをもらいました。そういう新しい才能が出てくると楽しいですね。
-本日はありがとうございました!
写真:寺島由里佳 文・編集:堀合俊博(a small good publishing)