喜びの表情をやりがいに、楽器に関する悩みに耳を傾ける管楽器リペア技術者の仕事

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テクニックや練習方法など、演奏を上達するための知識に比べると、メンテナンスや修理についてあまり知らない方は多いかもしれません。壊れてしまった時に修理が必要なのはもちろんですが、日々安心して楽器を演奏するためには、どのくらいの頻度のメンテナンスや点検が必要なのでしょうか?ヤマハミュージック 札幌店で管楽器のリペア技術者として働く池岡祐さんと五十嵐由記さんに、定期的な点検・メンテナンスが必要な理由や、リペアコーナーの利用方法、リペアの仕事のやりがいについて聞きました。

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日々練習しているからこそ気づかない楽器の不調

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取材場所となったヤマハミュージック 札幌店

–ヤマハミュージックリテイリングにてリペアの仕事に就くまでの経緯をお聞かせください。

池岡
大学卒業後にヤマハが運営する「管楽器テクニカルアカデミー」に入学し、その後ヤマハミュージックリテイリングに入社しました。当初は函館店に配属となり、学校を中心に楽器販売や営業を行う部署で修理の仕事を担当しました。2004年からは札幌店に異動となり、店頭を中心に販売接客とリペア技術者として勤務し現在に至ります。

五十嵐
私は、もともとは一般大学に行こうと思っていたんですが、高校3年の夏に訪問修理で学校に来られていた池岡さんと出会い、管楽器のリペアという仕事を知りました。当時、吹奏楽部でクラリネットを吹いていたんですが、ピッチの合わない音がありいつも悩んでいたんです。修理の相談をしたら、「音が合わないのは楽器が原因で、あなたが悪いわけではないよ」と言ってくださって、安心したのを覚えています。

池岡
実際に対応したのは一緒に訪問販売に来ていた同僚だったんですが、当時のことは僕も覚えています。

五十嵐
ちょっと変わった相談内容だったので、お二人で取り組んでいただきました。そのことをきっかけにリペアの存在を知り、どうしたらこの仕事に就けるんだろうと考えるようになりました。アカデミーのことを知ってからは急遽進路を変更し、修了後にヤマハミュージックリテイリングに入社しました。まずは店舗スタッフとして基本的な接客やレジの対応、商品の入荷の仕方など、細かい日常の業務を1年間経験しました。

–池岡さんがリペアを目指そうと思ったきっかけは何でしたか?

池岡
私は小学校の頃にトランペットをはじめて、6年生からユーフォニアムに持ち替えて大学までずっとやっていたんですが、小中高でかならず楽器を壊してしまっていたんです。あるときは友達と喧嘩になり、楽器を落としてベルを曲げてしまったり、マウスピースが抜けなくなり、万力で抜こうとして楽器をばらばらにしてしまったりしたこともありました……(笑)。毎回それがちゃんと直って返ってくるので、こういった仕事があるんだなと思ったのが、リペアという職業を意識したきっかけだったと思います。

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–リペア技術者の1日の仕事はおもにどのような流れなのでしょうか?

池岡
楽器の点検にいらっしゃる方や、音が出にくいなどのご相談でご来店された方のお話を聞きながら、楽器を見せていただくのがおもな仕事です。その後、基本的にはお引き受けした順番に修理を進めていきます。

–なかなかリペアに馴染みのない方もいらっしゃると思うのですが、はじめての点検に来られたお客様の楽器にはどのような症状が多いですか?

池岡
お客様自身では音程のずれや、キイバランスの不調を発見するケースが多いと思います。定期的な点検をされている場合は、思ってもいなかった故障に気づくことは稀ですが、楽器を購入されてから1〜2年で、特に問題ないと思っていらっしゃる方の楽器でも、不調を見つけることは多いです。

持ち主が気づいてないだけで、実は楽器が痛い思いをしていることもあります。楽器としては新品が一番いい状態なので、そこから徐々にずれていってしまう状態をきちんと把握するためにも、定期的に持ってきていただくのがいいと思います。

五十嵐
楽器のパーツには消耗品も多いので、劣化状況に気を配るためにも、定期的なメンテナンスをしていただく必要がありますし、その方が楽器は長持ちします。音程がずれてしまったり、キイバランス調整が必要になったりするのは、日々たくさん練習しているからこそなので、修理を承る際には、毎日のお手入れでケアできることや、取り扱う上での注意をなるべくお伝えするようにしています。直すだけではなく、直した後もいい状態で使っていただけるようにできればと思っています。

演奏者をステージに送り出すのもリペア技術者の仕事

–いままでで印象的だったリペアの内容はありますか?

池岡
店舗での修理の他にも、吹奏楽連盟や主催者の方から依頼を受け、コンクールや演奏会の会場でリペア技術者として待機することもあるんですが、そこでいただく相談はまさに本番直前なので、印象に残っている仕事が多いですね。移動中に転んでしまった生徒さんが泣きながら相談にいらっしゃって、なんとか本番中の12分間は演奏できるように修理したり……。

五十嵐
池岡さんが対応された、階段で転んでしまった女の子のホルンの修理は、端から見ていてもヒヤヒヤしました。マウスパイプが曲がり、ロータリーも動かなくなっていたので、あのリペアは大変だったと思います。先輩、すごいなって思いました。

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私が対応した中で印象的だったのは、学生コンクールでの打楽器の修理でした。会場に向かう途中、楽器を運搬するトラックの中でマリンバが倒れてしまい、曲がって叩けなくなってしまったというもので……。トラックが到着したのもギリギリだったので時間もなく、本番直前まで作業をしていたので、あれにはかなり焦りました(笑)。

池岡
ちゃんと直すためにはもちろん時間がかかるので、なんとか演奏ができる状態にするために、できることは何でもしています。泣いている生徒さんを落ち着かせて、いってらっしゃいとステージまで見送るのも、この仕事のひとつかもしれないですね。

なかにはこっちも泣きたくなるような内容の修理もありますが(笑)、けっして表情には出さないようにしています。焦りは相手に伝わってしまうので、泣いている生徒さんに「どうしたの?」と聞きながら、何ができるかを冷静に考えます。

五十嵐
どういった経緯で何にお困りなのかを、お客様にちゃんと聞くことが大切だと思います。楽器の状態だけみても、どうしてこうなったのかがわからないと適切な修理ができないこともあるので、泣いている子からもちゃんとヒアリングして、状況を把握するようにしています。

喜んでいただける瞬間こそ、リペアの仕事のやりがい

–リペアの仕事はどのようにスキルを磨くのでしょうか?

池岡
どれだけ経験を積んできたかは、技術を磨く上では大きいと思います。センスも関係あるかもしれませんね。

五十嵐
いろんなことに気が付く人は、リペアのセンスがあるかもしれないですね。楽器を見た時に「ここが気になる」「こっちも見ておいた方がいいかも」という気づきが多いほど、お客様への提案もたくさんできますし、悩みを解消できることも多くなるんじゃないかなと。もともとたくさん気づける人もいますが、努力と経験で気づきは増やしていけると思います。

池岡
どれだけの数を触っているかは大事ですよね。タッチ感が変だとか、バネが重いとか、触るだけでわかることもたくさんあるので。

–演奏経験はリペアの仕事に影響はありますか?

池岡
それはないと思います。金管楽器を吹いていて木管楽器の修理を専門に修理をしている方もいますし、性に合うかどうかという部分が大きいです。

五十嵐
この作業が好きか嫌いかみたいなところが大きいと思います。

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–ちなみにお二人が好きな作業は何でしょうか?

池岡
僕ははんだ付けが好きなんですよ。金管楽器のパーツをつなぐ支柱の部分にはんだ付けを施すんですが、綺麗にできたら気持ちがいいんです。焦がさず、差し口もわからない仕上がりにできた時は最高です(笑)。

五十嵐
よく自慢されています(笑)。はんだ付けって難しいんですよね。熱を加えるので、金管楽器のラッカー塗装が焦げてしまう場合もありますし、仕上がりの綺麗さも重要なので。

私は小さくて細かい作業の方が好きですね。特にクラリネットの修理に使用するコルクをカットする作業が得意で、側面のカットの滑らかさや、正面から見た時の仕上がりの綺麗さも大事です。以前池岡さんにも褒めていただきました。

池岡
うん、上手なんですよ。

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–修理の仕上がりについてはお互い確認し合うのでしょうか?

池岡
毎回ではないですが、たまに仕上がりを見せ合うこともありますね。別の視点も聞くことは大事なので、「自分だったらこうするかな」という意見交換はするようにしています。

–リペアの仕事のどこにやりがいを感じていますか?

池岡
リペアの仕事は、どんなにこちらががんばったとしても楽器が直っていなかったら意味がないので、「ちゃんと鳴るようになりました」「吹きやすくなりました」というお声をいただくのが、単純にやりがいにつながっています。また、時々ご家族の形見などの古い楽器をお持ちいただく場合もあり、そういった楽器を綺麗にすることで喜んでいただけると、こちらとしても嬉しいですね。

五十嵐
楽器が壊れて困っていたお客様が、修理された楽器をご覧になってぱっと表情が変わる瞬間があるんですよ。心から喜んでいただけたのがわかると、こちらも嬉しい気持ちになりますし、やりがいを感じます。他にも、プレイヤーの方から「なんとか本番を乗り切れました」などと言っていただけることもやりがいにつながっていますね。

リペアはお客様の大事な楽器をお預かりするので、緊張感を持って臨む必要のある仕事でもありますが、修理がうまくいってお客様に喜んでいただけたときは、この仕事をやっていてよかったなと感じる瞬間だと思います。

–最後に、本記事をきっかけに「リペアコーナーに行ってみようかな」と思っている方にメッセージをお願いします。

池岡
まずは深く考えすぎずに、ひとまずご自身の楽器をお持ちいただければと思っています。半年演奏するだけでもかなりずれがあると思いますし、1年なら尚更です。ご自分で症状に気がつく前に持ってきていただくのが、楽器のためにもいいと思います。札幌店はリペアと同時に接客販売もしているので、修理に限らず、お話をうかがう中で消耗品の交換などの提案もさせていただきます。

五十嵐
私も同じく、特に問題などなかったとしても、とりあえず楽器を見せていただきたいですね。楽器やメンテナンスについて何も知らなくてもまったく問題ないですし、お手入れの仕方などで困っていることがある場合には、解決方法をお伝えします。修理とは関係なく、「マウスピースを探しています」「おすすめのスワブはありますか?」といったご相談でもいいので、気軽にお越しいただければと思っています。

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本記事でご紹介した「ヤマハ管楽器リペアグレード取得技術者」が在籍する店舗は、「リペアネットワーク」のページから検索することができます。管楽器の修理・メンテナンスに関してお悩みの方は、全国に200以上あるリペア技術者在籍の店舗にてご相談ください。

リペアネットワーク

安心アフターサポート

ヤマハでは、ご購入いただいた楽器を長く、安心してお使いいただくために、最長5年間修理のサポートが受けられる「ヤマハ管楽器 安心アフターサポート」を提供しています。
詳細は下記のページよりご覧ください。

ヤマハ管楽器 安心アフターサポート

管楽器テクニカルアカデミー 先輩の声

本記事のおふたりが卒業した「管楽器テクニカルアカデミー」については、下記の「先輩の声」のページでも紹介しています。

管楽器テクニカルアカデミー 先輩の声

※本記事内に含まれる情報はインタビューを行った2023年3月時点の情報です。今後担当者の所属やサービス内容に関して変更される可能性があります。

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