ヤマハの最新技術Real Sound Viewingと、アニメ放送終了から約2年たった今も話題の尽きない「ぼっち・ざ・ろっく!」とヤマハの最新技術のコラボレーションで生まれた「DIVE STAGE」このステージを支える不思議な技術の詳細について、実際に体験制作を行ったエンジニアのヤマハの中村さん、佐々木さん、安達さん、企画担当の野藤さんに話をうかがいました。
未知の「自動演奏技術」とは?
-ヤマハの自動演奏技術についてどのような技術か教えていただけますか。
中村:ヤマハの自動演奏技術「Real Sound Viewing」はアーティストのパフォーマンスをデジタル化して正確に記録し、楽器の“生音“による演奏を忠実に再現するシステムです。「1度限りのライブ・生演奏」が当たり前な今に対し、その瞬間を少しでも、もう一度楽しめるようにする・ライブを無形文化遺産にすることを目標に開発を進めています。
元々ドラムやウッドベース、ヴァイオリン、チェロ・三線・馬頭琴などのアコースティック楽器の生演奏を、加振機を用いて再現することに取り組んでいました。
ウッドベース・ドラム・馬頭琴の再現装置「サウンドリプロデューサー」
楽器本体を物理的に振動させ、生演奏を再現する。
-9月5日にエレキギターとエレキベースの再現に成功したとリリースがありました。
中村:はい、これまでの加振機を用いたアコースティック楽器の再現に加え、ヤマハ独自の新開発リアンプシステムによって、生演奏との差異が限りなく小さいエレキギターとエレキベースの演奏再現が可能になりました。
新たにヤマハが再設計したリアンプシステムと再生の設置のイメージ(収録には既製品を使用)エレキギター・エレキベースは加振機ではなくリアンプシステムによって再現が行われる
-前提知識として「リアンプ」とは何かご説明いただいてもよろしいでしょうか。
中村:リアンプ自体は昔から一般的に存在している技術です。エレキギター・エレキベースでの演奏をドライ※の状態で収録し、再度アンプへ出力することをリアンプといいます。音作りを行うレコーディングなどで使用されることの多い技術です。
しかし、この技術の課題として、収録・再生時に使用される機器の特性により、演奏したその瞬間を100%は再現することが難しい技術でした。
※ドライ:エフェクトのかかっていない演奏
Profile 中村圭宏
2018年新卒入社 CCA事業部商品開発部電気グループ プロ向け、コンシューマー向け音響機器の製品開発(担当機材:DM3 シリーズ、Steinberg IXOシリーズなど)を担当する。その傍ら、「Real Sound Viewing」の開発に携わる。今回の企画では、リアンプシステムの開発とGPAPによる舞台演出の記録・再現を担当 趣味はギター演奏と電子工作。
-一般的なリアンプとヤマハのリアンプシステムはどう異なるのですか?
今回、ヤマハのこれまでのプロ向け、コンシューマー向け音響機器開発の知見を活かし、独自のリアンプシステム(新開発のダイレクトボックス、リアンプボックスを含むシステム)を開発し、生演奏の音を損なうことのないリアンプに成功しました。アンプ入力直前の音信号を記録することで、ライブで弾いた瞬間の音を忠実に再現します。
また、とても細かい部分ですが、通常のリアンプシステムと異なり、クリーンな音ではなく、エフェクターボードにつないだ後に出力されている信号を取るので、フィードバック奏法※などエフェクターを使った奏法などの音もそのまま収録できます。今回も曲の冒頭にその特徴が生かされているので注目してみていただきたいです。
※フィードバック奏法:ギターアンプの音をピックアップで再度拾うことで意図的に「キイーン」というハウリング音を発生させる奏法。
今回はこの技術を応用して、「結束バンド」の各種ライブイベントやレコーディングで実際にギター・ベースの演奏を担当する、ギタリストの三井律郎さん、ベーシストの高間有一さんに演奏にご協力いただき、その際のデータを用いて再現に挑戦しました。
ドラムも“生演奏“再現に挑戦
Q.次にドラムの自動演奏の仕組みについても聞かせてください。
佐々木:ドラムの自動演奏ではパーツそれぞれに装着したサウンドリプロデューサー(加振機などのユニットの総称)から、ドラマーの比田井修さんのドラム演奏を出力しています。
ドラム再現システム・各シンバルとドラムの裏にアクチュエーターが設置されている
安達:またペダル(キックペダル・ハイハットペダル)についても比田井修さんが踏まれているペダルにセンサを仕込んでおり、踏まれたタイミングをデータ収録し、今回、それに合わせ動作します。
Q.2024年9月のアップデートでドラム演奏もパワーアップしたそうですね。
佐々木:大型のアクチュエーターにすることでより強力なキックを再現できるようになっています。既にヤマハの企業ミュージアムやヤマハ銀座店では「Real Sound Viewing」は展示していますが、それをご覧になった方も、その迫力の違いを楽しんでいただけると思います。
Profile 佐々木悠
2012年新卒入社 スピーカーアンプ開発部入社以来業務用スピーカーの設計開発に携わる。(製品例:HSシリーズ、DHR/CHRシリーズ、など)その傍らReal Sound Viewingの開発に従事、今回の企画ではドラムのユニット全体および体験の音作り全体を中心に担当している。趣味はバンド活動とPA活動
Profile 安達万純
2019年新卒入社 電子楽器開発部
入社以来、現在まで電子楽器の音響設計に携わる(楽器例:NU1XA、CLP-875など)
傍ら「Real Sound Viewing」の開発に従事、今回の企画ではドラムのペダル・シンバルの動作制御を中心に担当している。趣味はコンサートホールでの音楽鑑賞、録音
ライブの再現/再現の精度について
Q.今回、自動演奏するだけでなく「ライブを再現」をテーマにされていますね。
野藤:今回、ここまでお話しさせていただいた、エレキギター・エレキベース・ドラムの再現に加えて、実際にアンプやドラムそれぞれにマイキングをして、会場の大型のメインスピーカーから出力しています。ライブハウスそのままのサウンドの再現に挑戦しています。
Profile 野藤義一
2018年新卒入社 コーポレート・マーケティング部マーケティングプランニンググループ
2019年より、IPおよびネット文化系を中心とした国内外のコラボレーション企画に従事。(企画例:「ぼっち・ざ・ろっく!×ヤマハ」コラボ等のアニメ作品コラボやゲーム・配信者コラボ企画他)ヤマハの立体音響・自動演奏・AI合奏等の最新技術とコンテンツを組み合わせた新たな体験創出も担当 趣味はアニメ鑑賞と家電店めぐり
-実際に各アンプにマイキングを行いライブハウスでライブをした場合のサウンド感の再現に挑戦している
-普通のオーディオデータを流すこととの違いはありますか?
野藤:数十人から数百人ほどのライブハウスなどに行ったことがある方だと、DJプレイやライブビューイングで聞く楽曲と、ライブハウスで生演奏で聞くサウンドが異なると感じることがあると思います。これは、ライブハウスの規模が小さければ小さいほど、ドラムそれ自体から出る音やステージ上のアンプのキャビネットスピーカーから出る、いわゆる「中音」の占める割合が大きいことから起こっていると考えています。今回、この「中音」をヤマハの最新技術やこれまでのノウハウをもって再現をしています。実際に生で聞いていただくと、その違いを分かっていただけると思います。
また、それをステージ上のアーティストが自身や他パートの音の確認に使ういわゆる「転がし」と呼ばれる足元のモニタースピーカーや、「結束バンド」メンバーの身長に合わせたスピーカーを設置し、かすかに声を流しています。ステージ上でアーティストたちが聞いている音なども楽しんでいただきたいです。
ステージ上に設置された小型スピーカーは各アーティストの発声位置にあわせ設置。足元に設置されたモニタースピーカーは各パートに合わせた返しになっている。自動演奏を使うことで、一般のユーザーが本来絶対見られない位置でアーティストたちがステージ上で感じるサウンドを体感できる。ボーカル・コーラス用のマイクについては、ハウリングをしてしまうため雰囲気を出すためのダミーマイクとなっている
照明や音や映像のスムーズな同期を実現するGPAP
今回の運営をスムーズにするためのシステムとしてヤマハのGPAPというシステムが使われているとうかがっています。こちらについて簡単に解説いただけますか?
中村:少し専門的ですが、GPAPは照明(DMX)、レーザー(ILDA)、舞台装置制御(GPIO)、映像など従来バラバラであった規格を、全てWAV形式で保存するヤマハが開発した独自の規格です。
GPAPはWAV形式であることからDAW上で音源とともにさまざまな演出データを同じ時間軸上に保存し、編集することが出来ます。
※DAW:Digital Audio Workstation(デジタルオーディオワークステーション) Cubase・Cubasis・GarageBandなどが具体的なソフトとして挙げられる
別イベントでのGPAP使用の様子 照明などのすべてのデータがWAVとして、PC上のDAWに表示されている
Q.それが自動演奏を行う企画ではどのように生きてくるのでしょうか
中村:先ほどの「ライブの真空パック」というコンセプトをお話ししましたが、ライブは、演奏だけでなく、照明・レーザー・映像など様々な演出から成り立っています。そこでライブで起こっている全てのできごとを同期した状態で簡単に保存する方法を検討する中で生まれたのがGPAPです。
最近は、リリックビデオ・MVや照明演出に合わせて、ステージの上の演者がそれと完全に同期して歌うというライブの様子をよく見ると思います。簡単にやっているように見えてこれらの同期を取ることは、専門家ではない方にとっては非常に大変です。
GPAPは映像、音響、照明(DMX)、レーザー(ILDA)、舞台装置(GPIO)など、全て軽量で取り扱いやすいWAVに変換し、CubaseなどのDAWでの管理を実現します。Cubase上で照明やレーザーを調整、編集を行うこともできます。※
中村:今回のDIVE STAGEでは本技術を使い、監修をいただいた際の音響・映像はもちろん、照明効果を保存してあります。これによりボタン一つ押すだけで、照明などの担当が不在でも、映像、アナウンス音声、音響、照明、自動演奏装置全てが同期して動くように制作し、運営のスリム化を図っています。
Q.この技術が活用されるとどのような未来が広がっていきますか?
中村:今回のように運営をスムーズにしたりできるのはもちろんWAVデータという汎用性あり、かつ、軽いデータのため、たとえばスマートフォンだったり、ごく一般的なサイネージプレイヤーで、大きな会場の照明など舞台装置全てを動かすというようなことも実現できています。そういう意味では多様な演出を扱うプロフェッショナルな現場で誰もがぶつかる、「同期をとる」というハードルを下げることができます。
-過去に実験を行った遠隔地へのライブ配信(映像・照明)の様子 遠隔地でも会場の照明などもコントロールされている
また、GPAPは遠隔地にリアルタイムに送ることもできます。現地と遠隔地の舞台装置をある程度同じ構成にしておけば、海外のライブ演奏を、日本と同じ演出で楽しむ、またその逆も理論上可能です。
ライブとは別軸の自動演奏だからこそできる体験
企画についておうかがいします。3回聞いていただくという内容になっていますが、これはどのような意図ですか?
野藤:当初は1回ステージ下で聞いていただく体験として考えていたのですが、実際に作ってみると、ステージ上とステージの下、それぞれで聞く体験というのが未知の体験で、これまで「結束バンド」のライブに行っている方にとっても、ステージ上でアーティストが体感している空間を追体験できるのは、新たな発見のある興味深い体験になるのではないかと感じました。そんな背景から、ステージの上1回とステージ下2回の計3回聞いていただく構成にしています。ステージ上で演者とオーディエンスが作り出す熱量はやはり「ライブ」でないと出せないものかと思いますが、今回は、ライブとは別軸の自動演奏ならではの体験型コンテンツにできているかと思います。
-今回の体験イメージ、ステージの上と下で楽しめる
お客さまへ伝えたいこと
中村:一般のユーザーの皆様がMAXボリューム・ライブハウスサウンドの「Real Sound Viewing」を間近で見られる機会は今回が世界初になると思います。是非、足を運んで、ステージ上でドラムやアンプに耳を寄せてみていただけると嬉しいです。
安達:今回一番苦労した部分として少し地味ですが、ペダルの再現があります。ステージの上を回る際は、ぜひ、バスドラムの裏やハイハットのペダルも見てほしいなと思います。
-バスドラムの裏のペダルも専用の機械で、ドラマーが踏んだタイミングに合わせ駆動する
野藤:結束バンドを始めとした著名なバンドの演奏を、数百人規模のライブハウスクラスの会場で大きな音で聞いてみたいという思いから始めた企画です。3回聞けますので、コンセプトのステージ上の体験はもちろん、ステージ下でもじっくり楽曲を楽しんでいただければ幸いです。ヤマハ側としても、未知の企画でどんな反響があるかわからないのですが是非感想をSNSなどでお寄せいただければ幸いです。
イベント詳細:https://retailing.jp.yamaha.com/shop/ginza/studio/dive-stage
チケット情報(チケットぴあ):https://w.pia.jp/t/dive-stage/
チケット事前抽選受付:2024年10月3日(木)17:00~10月8日(火)20:00
先着販売:2024年10月21日(月) 12:00~
※事前抽選で完売した場合の先着販売はありません。
関連情報
『ぼっち・ざ・ろっく!』
ライブハウスでの活動を中心にバンドを通して成長していく高校生の姿が描かれた、雑誌「まんがタイムきららMAX」で連載中のはまじあき氏原作の人気漫画作品。2022年10月から12月にかけてアニメ放送が行われた。 アニメ内での本格的なサウンド、(株)CloverWorksによる再現度の高い精細な楽器や演奏の描写で楽器業界関係者からも支持を集めている。
©はまじあき/芳文社・アニプレックス