
北マケドニア(旧ユーゴスラヴィア)出身の実力派ピアニスト、シモン・トルプチェスキは、地元の大学でラフマニノフの流れを汲むボリス&リュドミラ・ロマノフ夫妻からロシアン・メソッドを学び、やがてその豊かな才能が認められて世界の舞台で活躍するようになる。
初来日は2006年。指揮者の大野和士に認められ、来日公演が可能になった。それから20年、今回3度目の来日を果たし、2026年9月5日にヤマハホールでリサイタルを行った。
変奏の極意を示す一つの物語
プログラムはベートーヴェンの『ヴラニツキーのバレエ《森のおとめ》のロシア舞曲の主題による12の変奏曲イ長調WoO.71』で幕開け。モラヴィア出身のパウル・ヴラニツキー(1756~1808)のバレエ「森のおとめ」のなかのロシア舞曲を主題とし、ベートーヴェンが主題を幾重にも変容させて長大なコーダへと導く作品で、トルプチェスキは独創性あふれるベートーヴェンの変奏の妙を楽しむように、あたかも鍵盤と戯れるように自在に演奏し、ベートーヴェンの新たな魅力を示した。

次いで登場したのは、チャイコフスキーの『四季―12の性格的描写Op.37bisより10月《秋の歌》』と『ドゥムカ―ロシアの農村風景ハ短調Op.59』。《秋の歌》が出色で、スラヴの血をひくトルプチェスキのからだの奥から湧き出てくるような哀感に満ち溢れた演奏。トルストイのゆく秋を惜しむ詩に付けられた、哀感と抒情あふれる旋律が聴き手の心の深奥に響き、ロシアの大地が目の前に浮かんでくるよう。「ドゥムカ」も哀愁を帯びたバラード風の主題が同様の美しさで、やがて情熱的で即興的なカデンツァへと移り、トルプチェスキの底力が発揮されていく。
前半の最後はベートーヴェンの『創作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80』が奏され、前半がひとつの物語のようにまとめられ、そのプログラム構成の真意が理解できるような感覚を抱いた。トルプチェスキはここで変奏の極意を示したかったのではないだろうか。

ラヴェルとプロコフィエフの傑作に続く、日本を愛でるようなアンコール
後半はラヴェルの『高雅で感傷的なワルツ』でスタート。色彩感豊かで薫り高い7つのワルツとエピローグで構成されたこの作品もまた、多種多様なリズムとテンポと主題が横溢し、ラヴェルらしいその粋で洒脱でエスプリに富んだ曲想が存分に楽しめる。
最後はトルプチェスキが得意とするプロコフィエフの『ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調Op.83』で締めくくり。「戦争ソナタ」と呼ばれる第6番から第8番のなかの1曲であり、劇的で緊迫感に満ち、20世紀のピアノ・ソナタの代表作のひとつと称されている。トルプチェスキはロシア奏法を体現するかのように迫力に満ちたピアニズムを展開し、そのなかにプロコフィエフ特有のほの暗さやリリシズムをしのばせ、分厚い和音に関してはペダルを駆使して響きを重視し、傑作といわれるソナタの醍醐味を遺憾なく表現した。

これでもう十分に彼の実力は発揮されたと思ったが、ここからアンコールが始まった。トークもはさみ、トルプチェスキは20年ぶりのリサイタルで非常に感銘を受けている様子で、日本の美を愛でるかのようにさまざまな曲が登場した。まず、プーランクの『15の即興曲より第15番ハ短調《エディット・ピアフを讃えて》』が演奏され、次いで山田耕筰(森千尋編)の『この道』、Dimitrije Buzarovski編『マケドニア民謡』、山田耕筰(上田真樹編)『赤とんぼ』、文部省唱歌(アベタカヒロ編)『村まつり』と5曲も続いた。なかでも日本の旋律を深い思いを込めて演奏するその術は、わたしたち聴き手の心の奥に切々と響き、トルプチェスキの日本への愛が強く感じられた。
彼のロシア奏法はヤマハCFXの芯のある力強い響きと、情感豊かな多様性に富む音色の両面を見事に描き出したもので、ペダルの踏み込みも実にこまやかで自然体。からだの使い方も完璧なる脱力ができた美しい姿勢を保つもので、ピアノを弾く人の参考になるものだった。ぜひ、近いうちに再来日してほしい。

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。インタビューの仕事も多く、多い年で74名のアーティストに話を聞き、海外取材も80回を超える。趣味は料理。「アーティストレシビ」を多数考案している。近著「もっと聴きたい! さらに知りたい! ショパン・ハンドブック」(音楽之友社)
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー
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