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Phase80:テデスコはギター曲から輝く、埋もれた膨大な作品群、不遇な大作曲家が復活する日(クラシック名曲 ポップにシン・発見)

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マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ(1895~1968年)は20世紀の不遇な大作曲家の一人である。名ギタリスト、アンドレス・セゴビアとの出会いを機に書き始めたギター作品は音楽史上、燦然と輝くはずだ。ファシスト政権による人種政策でイタリア音楽界から締め出され、1939年に米国へ移住。ハリウッドで映画音楽に携わったが、第二次世界大戦後は忘れ去られた。「ギター協奏曲第1番ニ長調Op.99」や「同2番ハ長調Op.160」は作曲家の復活を聴き手に確信させる。

ソロデュオのアンコール曲

テデスコの作品を日本のコンサートで聴く機会は滅多にない。筆者が最近聴いたのは2026年7月7日、日経ホール(東京・千代田)での「第572回日経ミューズサロン 世界最高峰ギターデュオ、待望の初来日 ソロデュオ」公演。イタリアのロレンツォ・ミケーリとマッテオ・メラの名手2人組「ソロデュオ」はアンコールで「プレリュード(前奏曲)第10番」を弾いた。ラテン的な明るさに満ちた軽快な小品で、テデスコのギターデュオ作品をもっと聴きたくなる。

「プレリュード第10番」は、テデスコが1962年に作曲した「平均律ギター曲集(2台のギターのための24の前奏曲とフーガ)Op.199」の1曲。バッハの「平均律(快適音律)クラヴィーア曲集」に触発された大作で、全24の長調と短調(各12調)ごと1組の「前奏曲とフーガ」から成り、合わせて48曲ある。ソロデュオはこの全曲を収めた2枚組CDアルバムを2012年にリリースした。今回のソロデュオの公演は、テデスコの膨大な作品群の底知れない魅力を垣間見せた。

ギターとピアノのデュオも

もう一つは2025年5月22日、東京文化会館小ホール(東京・台東)で開かれた「花房晴美 新室内楽シリーズ~パリ・音色の世界~」公演でのこと。セゴビア夫妻に献呈された「幻想曲Op.145」(1950年)で、斎藤優貴のギターと花房晴美のピアノによるデュオだった。ギターとピアノはいずれも和音(コード)弾きが得意な和声楽器。ギターが撥弦、ピアノが打弦という違いはあるが、似た和声楽器による精巧なバランスのデュオを聴かせた。

Fantasia for Guitar & Piano, Op. 145: I. Andantino

「幻想曲」は2つの楽章から成り、第1楽章はアンダンティーノ、4分の3拍子。ピアノがニ短調(Dマイナーセブンス)の和音を鳴らすのに続き、ギターが平行和音風の動機を奏でる。長・短調の区分が曖昧な幻想的な曲調の中から、スペインの舞曲風の旋律が浮かび上がり、イ長調で明るく閉じる。

第2楽章ヴィヴァーチッシモは8分の3拍子の軽快な曲。ピアノのアルペジオに乗ってギターが教会旋法や五音音階風の旋律を弾く。互いに和音も出せるギターとピアノは、異なる音色を微妙に変化させながら、軽やかに掛け合っていく。「平均律ギター曲集」も「幻想曲」もテデスコが米国に移住した第二次大戦後の作品。ハリウッドで映画音楽を手掛けても、古典的な形式美を持つ絶対音楽としての芸術性は少しも揺らいでいないことが分かる。

「ギター協奏曲第1番」の奇跡

テデスコはクラシックギターを弾く人には知られていても、日本では一般にほとんど認知されていない。ジョン・マウチェリ著・松村哲哉訳「二十世紀のクラシック音楽を取り戻す 三度の戦争は音楽に何をしたか」(2023年、白水社)によると、テデスコは「一四九二年にスペインを追放された裕福なユダヤ系金融一族の末裔」(松村訳)という。伊フィレンツェの銀行家の家庭に生まれ、幼少期からピアノと作曲の才能を示した。1932年にスペインのギターの巨匠セゴビアと出会ったのを機に、ギター作品を生涯で100曲以上書き続けた。

Guitar Concerto No. 1 in D Major, Op. 99: I. Allegretto

1939年作曲の「ギター協奏曲第1番ニ長調Op.99」はセゴビアに献呈された大作。テデスコは同作品の完成直後、ムッソリーニのファシスト政権による反ユダヤ主義政策から逃れるため米国に亡命した。テデスコの立ち会いが無いまま、世界ツアー中だったセゴビアは南米ウルグアイの首都モンテビデオにてランベルト・バルディ指揮ウルグアイ放送交響楽団とともにこの協奏曲を初演した。テデスコがこの自作を聴いたのは米カリフォルニア州ビバリーヒルズに移住して数年後、ロサンゼルスでのことだった。

Castelnuovo-Tedesco: Guitar Concerto No. 1 In D Major, Op. 99: 3. Ritmico e cavalleresco

テデスコの「ギター協奏曲第1番」初演と同じ1939年には、スペインの作曲家ロドリーゴもギター協奏曲として非常に有名な「アランフエス協奏曲」を完成させた。20世紀を代表する二大ギター協奏曲だが、テデスコの「第1番」のほうがイタリア地中海岸風の明るさと清涼さが漂い、ハイドンやモーツァルト風の古典形式美が顕著に表れている。戦争と破壊の20世紀半ばにおいて奇跡的な純朴さと明快度を持つ新古典主義音楽の傑作といえる。

全12音を使い切る主題

米国に移住後、テデスコが音楽を担当したハリウッド映画は、アガサ・クリスティーの原作でルネ・クレール監督の「そして誰もいなくなった」(1945年)をはじめ、「吸血鬼蘇る」「カルメン」など多数ある。しかし一方で第二次大戦後は前衛的な現代音楽こそ芸術音楽との風潮が強まり、映画音楽を手掛けるテデスコは忘れ去られていく。テデスコの親しみやすい新古典主義の作風も通俗的で時代遅れのイメージに拍車をかけただろう。ケージやブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスら尖った現代音楽を崇める時代になっていた。

シェーンベルクが定式化した十二音技法を利用するのは当然という現代音楽の風潮のなか、テデスコの立ち位置は難しくなった。現代音楽の始祖シェーンベルク自身も米西海岸に移住し、米国は前衛的な現代音楽の発信源の一つになっていた。そうした時代の変化の中で1953年に作曲されたのが「ギター協奏曲第2番ハ長調Op.160」。「第1番」を上回るほどの大作であり、テデスコの職人的な作曲技法が一段と洗練された傑作といえる。

Guitar Concerto No. 2 in C Major, Op. 160: II. Sarabanda con variazioni

「ギター協奏曲第2番」全3楽章の中で特に興味深いのが、約30分の演奏時間の半分近くを占める第2楽章。「サラバンドと変奏」と題された変奏曲形式で、バロック組曲の構成美と美旋律、ギターの超絶技巧が一体化している。4分の3拍子のハ短調のサラバンド主題をギターが提示し、第1~5変奏が続き、最後の第6変奏の壮大なフーガへと至る。このサラバンド主題は、聴いたことがある音型を含んでいる。その音型は第6変奏のフーガで明確になる。リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の「学問について」のフーガ主題と近似しているのだ。

山下和仁のギターとレナード・スラットキン指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による名盤(1989年録音、ソニー)で聴くと、第2楽章の幾何学的で研ぎ澄まされた音響美に感動する。R・シュトラウスの「学問について」の主題と同様、テデスコの16小節のサラバンド主題も全12音を含む。十二音技法による前衛音楽の時代に、12音を使い切る古風なサラバンド主題が静かに奏でられていた。ギター曲のみならず、室内楽曲から管弦楽曲、オペラ、映画音楽に至るまで、テデスコの多様で膨大な作品群をシン・発見するときが来た。

Phase80→0、そしてPhase1へ

「クラシック名曲 ポップにシン・発見」は2023年6月から3年4カ月にわたり、Phase1から80まで、ミヨー、浜田省吾、ヒンデミット、デヴィッド・ボウイ、デュカス、クラフトワーク、信時潔、ラロ、マイケル・ジャクソン、タイユフェールらの「クラシック名曲」を取り上げてきた。権威やアカデミズムに抗し、安易なポピュリズムに迎合せず、アマチュアリズム(本来のジャーナリズム)を基本とし、クラシックとポップ、高尚と通俗などの二項対立による旧来図式を脱構築し、超ジャンルの自由な音楽聴取環境を探究した。

フランス音楽が比較的多めで、ロックやJ-POP、サルサ、ジャズなどを交え、歴史に翻弄された不遇の作曲家、不当に死蔵された作品を優先して取り上げた。クラシック音楽の中核との先入観が強いドイツ・オーストリアの作曲家についても、陰に隠れがちな作品を掘り起こした。あらゆる音楽にアクセス可能な現代において、クラシックのみを聴く人は珍しい。本当に音楽が好きならば、多様なジャンルの楽曲に耳を傾けるはずだ。クラシックしか論じない音楽評論家や音楽ジャーナリストは21世紀にふさわしくないとみる向きが強まるかもしれない。

連日コンサートを聴いてSNSに感想文とアーティストとの記念写真を一刻も早く挙げることは、金と時間さえあれば今や誰にでもできる。音楽評論家や音楽ジャーナリストは単に感想文を書くのではなく、どんな楽曲でも楽理的に分析できなければならない。そのうえで、その人独特の感性によるレビューを論理的構成力と文学的表現力で文章にしなければならない。音楽批評は個人の感性が必須であるため生成AIに代替される心配はない。しかし以上のことができていなければ、プロとアマチュアの差は縮まるどころか早晩逆転するだろう。地位も権威も学歴もないアマチュアリズムの側に立つ者には挑み甲斐があるというもの。

先入観や偏見を排し、権威主義やアカデミズムに陥らず、「クラシック名曲」をポップにシン・発見し、聴く楽しみを続けたい。ピアノ・レッスンと同様に聴き方のレッスンも繰り返す。ワーグナーの「ニーベルングの指環」やプルーストの「失われた時を求めて」のように円環構造を辿ろう。Phase80の「Dämmerung(デメルング、黄昏=夜明けの薄明)」の中、丘陵の彼方にPhase0が広がり、ベートーヴェンの英語のフォークソングとコールドプレイの「Square One(振り出し、出発点)」が浮かび上がる。Phase1から新たな日が始まる。

(未完、Phase1へと続く)

「クラシック名曲 ポップにシン・発見」全編 >

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。

文/ 池上輝彦
 
2026.09.25
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