
デュオ、つまり2人の演奏者による合奏って、ジャズにかぎらず、鑑賞するにはハードルが高いと思っています。
その理由は、音楽の三要素であるメロディ、ハーモニー、リズムを2人で分担することになるので、音楽的な構造(=誰がどの部分でどの要素を担うか)が鑑賞側から見えにくいことと、それ以上に演奏者2人の相性の良さが不可欠であるからだと思います。
いわゆる“あうんの呼吸”でプレイできる2人じゃないと、演奏がバラバラになってしまい、まとまりに欠ける残念な結果になりかねない、ということですよね。
そんな“あうんの呼吸”による演奏が成立しているのが、本作。
では、本作における“あうんの呼吸”がどのように“名盤”と関係しているのかを再考してみましょう。
Crystal Silence
アルバム概要
1972年にノルウェー・オスロのアルネ・ベンディクセン・スタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面4曲B面5曲の全9曲)でリリースされています。ほかにカセットテープ(コンパクトカセット、8トラック)やオープンリールテープのヴァージョンがあり、CD化も同曲数同曲順でされています。
メンバーは、ピアノがチック・コリア、ヴィブラフォンがゲイリー・バートン。
収録曲は、ベース奏者のスティーヴ・スワロウ作が3曲、ゲイリー・バートンの師にあたるイギリスの作曲家/指揮者/アレンジャー/プロデューサー/トロンボーン奏者/キーボード奏者のマイケル・ギブス作が1曲のほかは、すべてチック・コリアのオリジナルです。
“名盤”の理由
1943年生まれのゲイリー・バートンは、ハイ・ティーンだった1950年代後半にジャズに目覚め、20歳のころにスタン・ゲッツのバンドに参加。メンバーのスティーヴ・スワロウとドラムスのロイ・ヘインズ、そしてギタリストのラリー・コリエルを起用して1967年に結成したのがゲイリー・バートン・クァルテット。
このバンドは当時のジャズとロックを融合させた先鋭的なスタイルで人気を呼び、一気にジャズ・シーンの注目を浴びる存在となっていました。
一方で、1941年生まれのチック・コリアもまた1960年代初頭にはジャズ・シーンで頭角を現わし、1968年からマイルス・デイヴィスのバンドに参加したことで“ジャズのエレクトリック化”の最前線で活躍するミュージシャンとして知られるようになっていました。
そんな2人が、1970年代に入ると180度転換するようにアコースティックなサウンドを模索するようになります。
1972年にドイツのミュンヘンで開催されたジャズ・フェスティヴァルのフィナーレを飾る企画で、チック・コリアとゲイリー・バートンはデュオのステージを披露。それを観ていたECMレコードの創立者にしてプロデューサーのマンフレート・アイヒャーが彼らにデュオでのレコーディングを提案したことで、ジャズ・フェスでの“余興”だったアコースティックなデュオはエポックメイキングな作品となり、その後の新たなアコースティック・ジャズを生み出す基盤となった──というわけなのです。
いま聴くべきポイント
本作収録の1年半ほど前の1971年6月19日、ゲイリー・バートンはスイス・モントルーのレマン湖半にあるモントルーカジノで開催されたモントルー・ジャズ・フェスティヴァルのステージに立っていました。
本番直前で共演予定だった学生バンドがキャンセルというアクシデントに見舞われるも、窮余の策として、ステージ前半はフェス参加者数名とのジャムセッション、後半は“ヴィブラフォンのソロ”という構成にしてみたところ、このソロのパートがスタンディングオヴェーションで迎えられるという結果となったそうです。
この観客の反応に手応えを感じたゲイリー・バートンとレコード会社(アトランティック・レコーズ)はアルバムの制作を企画しますが、ライヴ音源だけではLP盤を満たせなかったため、ニューヨークのスタジオで追加のテイクを収録することにします。
追加収録の際には、ヴィブラフォンだけでなく、彼自身によるアコースティック・ピアノやエレクトリック・ピアノ、オルガンをオーヴァーダビングし、ライヴ音源3曲とスタジオ音源4曲によって完成させたのが『アローン・アット・ラスト』というアルバムです。
本作と『アローン・アット・ラスト』を並べて聴くと、ゲイリー・バートンがミュンヘンのジャズ・フェス出演の直前に“ひとりデュオ”を(ニューヨークのスタジオで)実施し、アコースティック・ピアノと自身のヴィブラフォンだけのサウンドに可能性を感じていたことが推察されます。
だからこそ、ミュンヘンのジャズ・フェスからのオファーに、(マイルス・バンドのメンバーだったという大看板を背負った)チック・コリアとのデュオで臨むことにしたのではないでしょうか。
とはいえゲイリー・バートンは、ECMレコードからのアルバム制作のオファーにはあまり乗り気でなかったそうです。
彼は「ヴィブラフォンとピアノだけの演奏を(レコードで)1時間も聴きたがる人なんているのか?」と不安に思っていたようですが、結果は、本作が“名盤”として語り継がれている事実が証明しているとおり。
一糸乱れぬ“あうんの呼吸”によって成立する2人の驚異的なインプロヴィゼーションに、当時のジャズ・シーンはそれ以前の“アドリブ合戦”とは違った創造性を感じ、賞賛したのでしょう。
それはつまり、1970年代のジャズがダンスや夜の社交場の熱狂とともにあるだけでなく、“静寂”と対峙できる音楽にまで拡張したことを示した作品でもある、ということだと思います。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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