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Phase78:ブルッフと「メリーアン」の森、「ヴァイオリン協奏曲第1番」、正統ドイツ・ロマン派の人気度(クラシック名曲 ポップにシン・発見)

クラシック名曲 ポップにシン・発見 Phase78

ドイツの作曲家マックス・ブルッフ(1838~1920年)は同世代のブラームスの影に隠れがちだ。しかし「ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.26」の人気は高い。保守的な作風だが、美旋律と超絶技巧が一体化し、親しみやすい。そこにはジュリアン・デュヴィヴィエ監督の仏独映画「わが青春のマリアンヌ」(1955年)のようなドイツ・ロマン派の美の典型がある。その映画を想起させるTHE ALFEE(ジ・アルフィー)の「メリーアン」(1983年)は歌謡ロックの傑作。独仏日の「正統ドイツ・ロマン派」が深い森で巡り合う。

独特な三ツ橋指揮・山根ソロ

ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」を聴く機会は多い。2026年春以降だけでも、4月26日に洗足学園音楽大学前田ホール(川崎市)で水野佐知香のヴァイオリン独奏、上野正博指揮の教員、学生、卒業生を中心としたフェスティバルオーケストラによる公演があった。6月13日にはひらしん平塚文化芸術ホール大ホール(神奈川県平塚市)で開かれた「シァル・ラスカチャリティーコンサートNo.138」で、山根一仁のソロ、三ツ橋敬子指揮ラスカ祝祭管弦楽団(木野雅之コンサートマスター)の演奏でも聴いた。

山根一仁(独奏ヴァイオリン)と三ツ橋敬子指揮ラスカ祝祭管弦楽団によるブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」の演奏

山根一仁(独奏ヴァイオリン)と三ツ橋敬子指揮ラスカ祝祭管弦楽団によるブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」の演奏(2026年6月13日、ひらしん平塚文化芸術ホール大ホール)Photography by Kai PHOTO SERVICE

このうち三ツ橋、山根らの公演は作品の古典的な面を打ち出した独特の演奏だった。山根のヴァイオリンは鳴り過ぎず、弱音はきわめてデリケート。バッハやモーツァルトからの伝統を踏まえた古楽風のソロだ。ロマン派の情熱を期待する向きには物足りないかと思いきや、三ツ橋の指揮は逆に思い切りのいい管弦楽の鳴らし方で、全体のバランスが良い。「ブルッフは古い作曲家」と2人とも話す。それでいて「オーケストラがかなり鳴る曲」と三ツ橋。保守的でありながらロマンティックな自由奔放さも併せ持つ作品の本質を突いた秀演だった。

超絶技巧と美旋律の一体化

ダヴィッド・オイストラフ、イツァーク・パールマン、チョン・キョンファ、アンネ=ゾフィー・ムター、ギル・シャハム、ジャニーヌ・ヤンセンら世界的名手にはブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」の名盤が必ずと言っていいほどある。諏訪内晶子はデビューアルバムがこの協奏曲だった。今話題のHIMARIも2026年5月3日放送のNHKスペシャルを見たら14歳で弾いていた。筆者が最も聴いてきたのはヤッシャ・ハイフェッツの独奏、サー・マルコム・サージェント指揮ロンドン新交響楽団による1962年録音盤(ソニー)だ。

Violin Concerto No. 1 in G Minor, Op. 26: I. Vorspiel - Allegro moderato (Redbook Stereo)

一般に三大ヴァイオリン協奏曲といえばベートーヴェン「ニ長調Op.61」、メンデルスゾーン「ホ短調Op.64」、ブラームス「ニ長調Op.77」。これにチャイコフスキー「ニ長調Op.35」を加えて四大、さらにシベリウス「ニ短調Op.47」を入れて五大ヴァイオリン協奏曲となるのが相場だ。モーツァルトやパガニーニらの協奏曲と並んでブルッフの「第1番」は次に入るかどうかといったところ。しかしこの評価は不当かもしれない。聴き手の支持だけでなく、名ヴァイオリニストたちがこれほどまでに愛奏してきた協奏曲であるからだ。

人気の秘訣は3つ。①美旋律②超絶技巧と美旋律の一体化③劇的に盛り上がる管弦楽。山田耕筰はベルリン留学時、高齢のブルッフからも作曲技法を学んだ。日本人の心に響く山田の歌曲や交響曲にはブルッフの影響もありそうだ。それはモーツァルトやベートーヴェンら古典派由来の論理的構成の中でロマンティックな美旋律を大いに歌わせるという正統ドイツ・ロマン派音楽の技法である。ならばブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は日本人好みの作品であるはずだ。3つの要素は聴き手の感動を呼び起こし、演奏効果は大きい。

劇的な第1楽章展開部

古典派由来の論理的構成といっても、ブルッフは伝統的なソナタ形式の鋳型に単に美旋律を流し込んだわけではない。「前奏曲(Vorspiel)」と題したト短調の第1楽章(アレグロ・モデラート)は自由なソナタ形式。再現部では提示部の第1、第2主題が現れず、序奏部のヴァイオリン独奏がカデンツァ風に再現された後、管弦楽のフォルティッシモでの爆発的な総奏を経て切れ目なく第2楽章へと流れ込む。美旋律で鳴らす第2楽章への前奏曲という位置付けだ。

第1楽章は序奏部から独奏ヴァイオリンのカデンツァ風の技巧的なフレーズが登場する。第1主題は劇的なト短調の旋律の中に高速の超絶技巧を組み込んでいる。超絶技巧の誇示ではなく、高速フレーズが旋律そのもの。和声的にも複雑な気がするが、弱起に続く第1主題の最初の7小節は、旋律のほとんどがト短調(Gm、Gマイナー)の和音の構成音とその自然的短音階から成る。和声進行でもGマイナーが弱起の後の4小節も続き、5小節目から「Gm→B♭→Dm→Gm(Ⅰm→Ⅲ→Ⅴm→Ⅰm)」と変化するが、正統的でシンプルだ。

第1楽章で特に大きな感動をもたらすのは展開部後半。独奏ヴァイオリンの高速アルペジオに導かれて登場するオーケストラのドラマティックな闘争的展開(108~141小節)だ。そこにはブラームスの交響曲を予感させるシンフォニックな世界が凝縮されている。山根は三ツ橋指揮ラスカ祝祭管との共演で、この展開部後半をオーケストラと一緒に途中まで弾いた。「どうしても弾きたくなる」と山根は終演後に語った。それほど魅力的な展開部だ。特にフォルティッシモの弦楽合奏で突き進むフガート風の127~134小節は、ブラームスの「交響曲第3番」第4楽章と情熱的で堅牢な作風が似ている。

展開部を欠くソナタの第2楽章

この協奏曲の白眉は、ドイツ・ロマン派の極みといえる恋文のような第2楽章アダージョだ。ブルッフの作品の中で突出して高い人気を誇る理由は第2楽章の美しさにある。しかし意外にもこの緩徐楽章の構造については納得のいく分析が少ない。よくあるのが、3つの美しい旋律で構成されているとか、瞑想的な主題が次々に現れるといった解説。筆者も「3つの主題」で楽曲解説を書いてしまったこともある。確かに美旋律がとめどなくあふれてくる様子は自由な構成に思える。しかし幻想曲風の自由な形式という解釈で本当にいいのか。

Violin Concerto No. 1 in G Minor, Op. 26: II. Adagio

ブルッフは伝統形式にこだわる保守的な作曲家である。ここでは「展開部を欠くソナタ形式」という見方に基づき、3つどころか5つも6つもあるようにさえ思える美旋律を整理し、第1主題と第2主題に分類して厳密に構造を描いてみよう。そうすると、異なる複数の旋律が第1主題か第2主題のいずれかから派生していることが分かる。この筆者独自の整理法によれば、提示部と再現部、終結部(コーダ)による「展開部を欠くソナタ形式」が明確に浮かび上がってくる。

第2楽章の提示部では変ホ長調の第1主題の提示が2種類あり、いずれも瞑想的な美旋律だ。「第1主題2」は経過部を持ち、続いて第2主題が変ロ長調で提示され、独奏ヴァイオリンがト長調から変ロ長調へと至る第2主題の「展開」を歌い上げる。そして再び「第1主題2」が変ロ長調で小結尾を形成し、提示部を締めくくる。展開部はないが、主題の「展開」や「変奏」はあると捉えると、ブルッフが構想したはずの「展開部を欠くソナタ形式」と合致する。

【ブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」第2楽章アダージョの構成】
提示部 第1主題1(提示)変ホ長調 1~16小節
第1主題2(提示)変ホ長調 17~29小節
第1主題2(経過部)変ト長調→変ニ長調
(E♭m→G♭~D♭~→F7)30~46小節
第2主題(提示)変ロ長調 47~52小節
第2主題(展開)変ロ長調(G~→B♭)53~64小節
第1主題2(小結尾)変ロ長調 65~78小節
再現部 第1主題1(再現)変ト長調 79~97小節
第1主題2(変奏、展開もしくは第3の旋律)変ト長調 98~108小節
第1主題2(総奏での展開)変ホ長調 109~118小節
第2主題(展開の再現)変ホ長調(C~→E♭)119~130小節
第1主題1(小結尾)変イ長調 131~140小節
終結部 第1主題2(コーダ)変ホ長調 141~155小節

(注)展開部がないソナタ形式、第1、第2主題で捉えた場合

提示部の後はすぐに再現部となり、意表を突く変ト長調で「第1主題1」が幻想的に再現される。98小節目から変ト長調の新たな美旋律が独奏ヴァイオリンで歌われるが、これはよく聴けば「第1主題2」の変奏もしくは展開だ。そして「第1主題2」が総奏でクライマックスを築き、続いて第2主題の「展開」がハ長調から変ホ長調へと至る調性で「再現」され、澄み渡ったロマンティックな気分が最高潮に達する。「第1主題1」が変イ長調で小結尾を形成し、再現部を締めくくる。コーダは変ホ長調の「第1主題2」。見事な均整を持つ数学的な構造の「展開部を欠くソナタ形式」である。

Bruch: Violin Concerto No. 1 in G Minor, Op. 26: III. Finale. Allegro energico

第3楽章アレグロ・エネルジコでは、独奏ヴァイオリンが重音奏法を多用し、躍動感あふれるハンガリー風のト長調の第1主題を弾く。のちのブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」第3楽章と似ており、ブラームスがブルッフから影響を受けたと推察される。両者ともハンガリー出身のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの助言を得てこれらの協奏曲を完成させた。第2主題は属調のニ長調による壮麗で伸びやかな旋律で、ニ長調の音階に無いナチュラルのハ音を挿し込んで渋みを出す。最後は祝祭的なプレストとなり、ドイツ・ロマン派の抒情の典型といえる協奏曲の全曲が閉じる。

THE ALFEEと奥深い森

ところで、ドイツ・ロマン主義の典型を映像で見たければ、デュヴィヴィエ監督の仏独映画「わが青春のマリアンヌ」が最適だろう。霧に包まれた湖、湖畔にそびえる古城、森を駆ける鹿、古城の窓辺に佇むマリアンヌ。グリムの童話やフリードリヒの絵画に通じる独仏一帯のメルヘンとロマンの世界だ。ジ・アルフィーの高見沢俊彦はこの映画に触発されて「メリーアン」を作曲したようだ(歌詞は高橋健との共作。メリーアンはマリアンヌの英語読み)。王道のコード進行に哀愁の旋律を乗せた「メリーアン」は、日本の「歌謡ロック」の典型であり、オーソドックスな作りはブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」につながる。

オーソドックスで保守的な音楽は陳腐ではない。むしろ歴史の重みから来る奥の深さがあり、安定感があり、親しみやすい。「メリーアン」には桜井賢のハリのある声量たっぷりの歌謡曲的なボーカル、坂崎幸之助のフォーク史を感じさせる奥深いアコースティック・ギターのソロ、高見沢のエレキギターによるハードロックやヘヴィメタルのリフの典型の要素が凝縮されている。そしてブルッフの協奏曲と同様、ギターの超絶技巧と美旋律が一体化している。「正統ドイツ・ロマン派」のブルッフとデュヴィヴィエとジ・アルフィー。彼らの人気は深い森のように続く。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。

文/ 池上輝彦

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2026.08.25
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