
本シリーズではこれまで、『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』(#041)、『エラ・アンド・ルイ』(#060)とエラ・フィッツジェラルドの作品を取り上げましたが、本作はそれらに比べると「ちょっと地味かな……」と思う人が多いかもしれません(ボクがそう思っていたので)。
ピアノ伴奏だけでテンポが緩やかなジャズ・スタンダード・ナンバーを歌った内容は、ある意味でエラ・フィッツジェラルドという歌手の得意技を封印したようなところがあり、これをもってして彼女のディスコグラフィを象徴するような、つまり“名盤”だとするのはいかがなものかと思っていたわけです。
さて、本当にいかがなものなのかどうなのか、再考してみましょう。
Stardust
アルバム概要
1954年に米ニューヨークのスタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面6曲B面6曲の全12曲)でリリースされています。ほかに7インチシングル盤3枚組(A~F面各2曲ずつ)、カセットテープのヴァージョンがあります。CD化は同曲数同曲順のほか、8曲のボーナス・トラックが追加されたヴァージョンがあります。
メンバーは、ヴォーカルがエラ・フィッツジェラルド、ピアノがエリス・ラーキンス。
収録曲は、すべてジャズ・スタンダード・ナンバーがセレクトされています。
“名盤”の理由
アルバム・タイトルの“メロウ”とは「豊潤な」「円熟した」「落ち着いた」といった意味の形容詞。
1917年生まれのエラ・フィッツジェラルドがニューヨークのハーレム地区にあるアポロ・シアターのアマチュア・ナイトで1位に輝き、歌手としての第一歩を踏み出したのが17歳のときです。
その5年後の1939年には自らの名を冠したバンド(エラ・フィッツジェラルド・アンド・ハー・フェイマス・オーケストラ)を率いるまでになり、1940年代はジャズの潮流を変えるビバップも自分のものとし、その歌唱のみならず卓越した技術と音楽性で名実ともにジャズ・ヴォーカルの“女王”となった彼女。
本作収録時は37歳になっていることもあり、若さや勢いだけではなく、味わいや深みといったものまで表現できる歌手としての“幅”が広がっていることを印象づける意図があったのではないかと推察しています。
いま聴くべきポイント
実は本作収録の4年前に、同じくエリス・ラーキンスの伴奏だけというスタイルでジョージ・ガーシュウィンの楽曲のみを取り上げた『エラ・シングス・ガーシュウィン』がリリースされています。
このアルバムは、のちに彼女の代名詞ともなるソングブック・シリーズのなかでも最高峰とされる、ガーシュウィン兄弟の楽曲集『エラ・フィッツジェラルド・シングス・ザ・ジョージ・アンド・アイラ・ガーシュウィン・ソングブック』(1959年)という名盤につながることになります。
こうしたエラ・フィッツジェラルド側の営業戦略における変化の背景には、1940〜50年代の女性ジャズ・ヴォーカルに対する一般的なイメージに抗う意味があったと思います。
本シリーズで取り上げたヴォーカル作品はこれまで9作ありますが、本作より早い時期のものはビリー・ホリデイ『奇妙な果実』(#038、1939年)、ペギー・リー『ブラック・コーヒー』(#061、1953年)、ジューン・クリスティ『サムシング・クール』(#080、1953~60年)で、シングル盤リリースだった『奇妙な果実』を除き白人の女性歌手でした。
これだけでは論拠として心許ないのですが、1950年代後半にブームを巻き起こすポピュラー・シンガーとしての女性ヴォーカルが白人主導だったことを考えると、エラ・フィッツジェラルドとしてもジャズ・ヴォーカルの“女王”という評価に慢心していられる状況ではなかったのではないか……。
その結果、スタンダードと呼ばれる“流行歌”をただ上手に歌いこなすだけでなく、まさにスタンダード=基準と呼ぶにふさわしい円熟味のある唯一無二の歌唱を示すことのできる内容を選択したのだと思うのです。
天才的と評されたスキャットやアドリブを封印し真正面からストレートに楽曲に向かっている“姿勢”を残せたからこそ、本作は“名盤”と呼ばれるようになったのでしょう。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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