
B.B.キングはブルース音楽を世界に広めたミュージシャンだ。1925年、アメリカのミシシッピ州イッタビーナに生まれたライリー・キングはメンフィスの繁華街ビール・ストリートで路上演奏を始め、“ブルース・ボーイ=B.B.”と呼ばれるようになる。1952年に『3オクロック・ブルース』が全米R&Bチャート1位になった彼だが、1960年代にザ・ローリング・ストーンズやヤードバーズなどイギリスのポップ/ロック・グループを経由して、人種の壁を越えた支持を得た。『ザ・スリル・イズ・ゴーン』が全米チャート15位というヒットを記録したのに加え、1969年にイギリス、1971年に日本、1974年にザイール(当時)でライヴを行うなど、彼はブルースをグローバルなものにしていった。U2、エリック・クラプトン、クルセイダーズ、ルチアーノ・パヴァロッティ、ダイアン・シューア、ゲイリー・ムーアなどとジャンルの垣根も飛び越えて共演するなど、その活躍はまさに“キング・オブ・ザ・ブルース”と呼ぶに相応しいものだった。2015年5月14日に89歳で亡くなったが、B.B.は現在に至るまでブルースの“王者”であり続ける。
没後“ニュー・アルバム”が出ていないアーティスト
1985年の『シックス・シルヴァー・ストリングス』が公式に50枚目のアルバムということになっているため、生涯で65枚ぐらいのアルバムを発表したB.B.。さらにライヴ作品やシングル編集盤なども多くあるため、そのキャリアの全貌を捉えるのは容易ではない。ただ、その没後にファンになったリスナーにとっては、B.B.が数多くの作品を遺してくれたことで、いくつもの素晴らしい経験をすることができるだろう。
長年のファンにとって不満なのは、B.B.の“ニュー・アルバム”が発表されていないことだ。ジミ・ヘンドリックス、スティーヴィ・レイ・ヴォーン、プリンス、トゥパック・シャクール……と例を挙げるまでもなく、人気アーティストが亡くなると、生前にレコーディングした未発表音源を集めたアルバムがリリースされるのが常である(ザ・ビートルズの『アンソロジー』もそれに近い)。それはアーティストによって完成されたテイクだったり、デモの断片に第三者がオーヴァーダブを加えたものだったり玉石混淆だが、B.B.の場合、それがない。現時点での最新スタジオ・アルバムは存命時の2008年にリリースされた『ワン・カインド・フェイヴァー』で、その後にはコンピレーション盤などは発表されてきたものの新音源は発掘されていない。
その理由として考えられるのはまず、発掘すべき音源がそもそも存在しないという可能性。亡くなる半年前の2014年10月までツアーの連続だったため、晩年はスタジオに入ることがなかった……のかも知れない。
あるいは実は膨大な未発表音源があり、世に出るタイミングを待っている可能性もある。1949年の初吹き込みから半世紀以上のレコーディング・キャリアのあるB.B.ゆえ、いずれアウトテイクなどが公になることを期待したい。
容易に聴けないアルバム『ルシール・トークス・バック』
とはいえ、B.B.の公式アルバムの大半はCD化、ストリーミングでも聴ける状況であり、彼のファンは恵まれている部類だといえる。
だが、その膨大なディスコグラフィにおいて容易に聴くことができないアルバムがある。それが1975年の『ルシール・トークス・バック』だ。
当時彼が契約していた“ABCレコーズ”からリリースされた本作(リリース時の邦題は『ルシル・トーク・バック』)。前後のアルバムはCD化、ストリーミングでも聴くことができるため、何故これだけ聴けないのかは謎だが、とにかく廃盤扱いとなっている。
アルバムの楽曲、そしてB.B.のギター・プレイは申し分なく素晴らしいもの。彼自身が決して本作を嫌っていたわけではないことは、筆者(山﨑)との1998年のインタビューで、わざわざ言及していることからも窺える。
「エフェクト・ペダルなどを使わないのは、怠け者になってしまうからなんだ。一度だけ『ルシール・トークス・バック』というアルバムでクライ・ベイビーを使ったことがあるけど、本来自分の手と頭でやるべきことをエフェクトに任せるようになってしまった。だから、それ以来ペダルは使ってないよ。将来また試みてみるかも知れないけど、今のところは考えていない。ただ、ペダルを使って素晴らしい音楽を生み出している人々は沢山いる。アイザック・ヘイズの『黒いジャガーのテーマ』でのワウ・サウンドは最高だと思う。誰がギターを弾いたかも知らないけど、思わず唸ってしまったよ」
ただ、このアルバムをまったく聴くことができない状態ではないことも事実だ。
1988年には海外で『Lucille Talks Back』というコンピレーションが編まれ(タイトルが同じなので要注意。ただしジャケットは異なる)、アルバムから4曲が収録された。
2012年のコンピレーション『ミスター・B.B.キング』の配信ヴァージョンにアルバム全曲がボーナス収録されたこともあるが、現在は削除済。2016年にヨーロッパで限定盤LPが発売となったが、すぐに廃盤となった。
そんなわけで完全な形では聴くことが難しい『ルシール・トークス・バック』だが2026年、意外な形で再び脚光を浴びることになった。『Lucille Talks Back 50th Anniversary』である。
50周年記念でトリビュート作として復活
『Lucille Talks Back 50th Anniversary』は、『ルシール・トークス・バック』全曲を現代のミュージシャンが再現するトリビュート・アルバム。何故他のアルバムでなくこのアルバムを?……というクエスチョンは残るものの、実力派たちによる敬意と愛情を込めたカヴァーはいずれも素晴らしいものだ。
本作のプロデュースとアレンジを行ったのはミシェル・ンデゲオチェロだ。ジャズからファンク、ポップなどをクロスオーヴァー、卓越したテクニックのベーシストとしても人気を誇る彼女だが、これまで『Ventriloquism』(2018)ではプリンス、ティナ・ターナー、シャーデー、ジョージ・クリントン、そして2026年10月発売の『Synonym』でもボブ・ディラン、ヒューマン・リーグ、ドリー・パートンなど、カヴァー・アルバムも発表している。
『Lucille Talks Back 50th Anniversary』は、アレンジ自体は決してオリジナルとかけ離れたものでなくとも、異なったエモーションを込めたプレイ、50年を隔てたサウンドで、ほぼ“別作品”としてリ・イマジンされている。ミシェル自身が『Breaking Up Somebody's Home』、ドイル・ブラムホールIIが『Lucille Talks Back』、エリック・ゲイルズが『When I’m Wrong』、コリー・ヘンリーが『Don't Make Me Pay For His Mistakes』『Everybody Lies A Little』でフィーチュアリング、モダンな音触であっても、B.B.が弾くヴァージョンも聴きたくなる。アルバムの公式サイトにはオリジナル『ルシール・トークス・バック』への配信リンクもあり、本稿の時点ではまだ繋がっていないものの、配信解禁にも期待できそうだ。50周年をきっかけにして、“キング・オブ・ザ・ブルース”の知られざるクラシック・アルバムが広く聴かれるようになるのは、喜ばしい限りである。
■アルバム『Lucille Talks Back 50th Anniversary』
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