
本シリーズではたびたび、1960年代にジャズは多様化して一括りにはできないヴァリエーションを生んでいったことに触れていますが、その一方で多様化による音楽的特徴の特化を利用して商業的な成功を収めた例も見られるようになります。
その成功例のひとつが、本作収録のタイトル曲『マーシー・マーシー・マーシー』です。
「ジャズにおける商業的成功とはなにか」を語るのは難題ですが、その入り口ぐらいにはたどり着けるように、本作の成功の裏側を読み解いてみましょう。
Mercy, Mercy, Mercy (Live)
アルバム概要
1966年に米カリフォルニア州ロサンゼルスのスタジオでライヴ・レコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面4曲B面3曲の全7曲)でリリースされたほか、1/4インチ4トラックのリール・トゥ・リールや4トラックカートリッジ、8トラックカートリッジ、カセットテープ、MP3ファイルのヴァージョンがあります。同曲数同曲順でCD化されています(ただしA面1曲目『イントロダクション』と2曲目『ファン』が1トラックとされ全6曲)。
メンバーは、アルト・サックスがキャノンボール・アダレイ、コルネットがナット・アダレイ、ピアノ/エレクトリック・ピアノがジョー・ザヴィヌル、ベースがヴィクター・ガスキン、ドラムスがロイ・マッカーディ。
収録曲は、すべてメンバーのキャノンボール・アダレイ、ナット・アダレイ、ジョー・ザヴィヌルによるもので、それぞれ2曲ずつオリジナルを提供しています。
“名盤”の理由
前述した本作収録のタイトル曲『マーシー・マーシー・マーシー』が、ビルボード誌の“ホット100”で1967年2月下旬から3月上旬にかけて2週連続の11位(R&Bチャートでは2位)に、アルバムも13位にランクインするヒットとなり、グラミー賞最優秀インストゥルメンタル・ジャズ・パフォーマンス賞を受賞するなど、ジャズ史における大きなエポックとなったことが“名盤”の理由となるでしょう。
『マーシー・マーシー・マーシー』という曲自体は、当時流行していたファンキー・ジャズの流れを汲みつつも、ゴスペルを感じさせる音階とリフレインで構成され、第一印象は誰もが口ずさめるようなシンプルなメロディ・ラインながら、出口の見えない迷路に入り込んだような幻惑感を感じさせるところが“やみつき”になっちゃうんじゃないかと思います。
いま聴くべきポイント
本作もまた前回のバド・パウエル『ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル』(#088)のように、“表題の謎”があったことが、調べているうちにわかりました。
ジャケットの表記に『Live at “The Club”』とあるとおり、リリースから数十年はこの音源が米イリノイ州シカゴのナイトクラブ(“クラブ・デリサ”として1934年オープン、1958年の閉店後、1966年に店名を“ザ・クラブ”と変更して再オープン)でライヴ収録されたものだと思われていました。
ところが、1995年に音楽プロデューサーのマイケル・カスクーナが、本作のプロデューサーであるデヴィッド・アクセルロッドから「実は“ザ・クラブ”じゃなくて、(カリフォルニア州ロサンゼルス・ハリウッドにある)キャピトル・レコード本社のスタジオAに観客を入れて録音したものなんだ」と打ち明けられたそうなのです。
マイケル・カスクーナはジャズのディスコグラファーの第一人者として知られた人で、特にブルーノート・レコードの膨大なアーカイブを丹念に調査し、多くの重要な未発表セッションを発掘したことで有名です。
余談ですが、ボクもマイケル・カスクーナを取材する機会があり、その受け答えから、ジャズの貴重な(音源を含めた)情報を余さず伝えたいという情熱と正確性を求める性格を感じたことを思い出しました。その姿勢がデヴィッド・アクセルロッドに「実は……」と語らせたのではないでしょうか。
さて、そうなると“ザ・クラブ”のライヴというのはまったくのフェイクだったのかと思いきや、実はこの音源も残っていて、アルバムの前にシングル盤として何曲かリリースされているほか、2005年に『マネー・イン・ザ・ポケット』というタイトルの8曲入りCDとしてリリースされています。
『マネー・イン・ザ・ポケット』も聴いてみるとなかなか充実した内容なのですが、10分前後の尺の長い曲が多かったりして、LP盤時代のアルバムというかたちに収めるのが難しいということで、当時は“お蔵入り”したのではないか、と推察します。
また、『マーシー・マーシー・マーシー』の演奏では雰囲気を変えたいという要望があり、エレクトリック・ピアノ(ウーリッツァー)があったキャピトル・レコード本社のスタジオでの収録になったというエピソードも伝わっています。
ちなみに、再オープンした“ザ・クラブ”の新しいマネージャーとキャノンボール・アダレイが友人だったことで、「このレコーディングも“ザ・クラブ”でやったことにしようよ。店の宣伝になるから」と密約が交わされたのか、はたまた単純にチェック・ミスだったのか……。
そんな“あれこれ”を知ってから本作を聴き直してみると、観客の盛り上がりぶりにサクラ疑惑も浮かんできたりするのですが、『マネー・イン・ザ・ポケット』も含めて“名盤”を生んだ1966年のキャノンボール・アダレイ・クインテットのイケイケぶりを楽しんでみてください。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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