
ベートーヴェンの9つの交響曲の中で一般に聴く機会が少ないのは第1、2、4、8番(初項1、公比2の等比数列)。愛称付きの第3番「英雄」、第5番「運命」、第6番「田園」、第9番「合唱付き」、あるいは第7番の影に隠れがちだ。しかし2027年にベートーヴェン没後200年を迎える今、出発点になった「交響曲第1番ハ長調Op.21」の魅力を堪能したい。愛称を付けるとすれば「古典」。師ハイドンや先輩モーツァルトを見習った数学的均衡美の古典派交響曲の外観だが、直観の創造力が内から突き上げ、実は奇抜で革命的でさえある。
聴きたくなる第1番と偶数番号
ベートーヴェンの交響曲を「第1番」から聴き始める人は稀だろう。筆者が聴いた順番を振り返ると、最初はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるA面がベートーヴェン「交響曲第5番ハ短調Op.67《運命》」、B面がシューベルト「交響曲第8番(現在は第7番)ロ短調《未完成》」のドイツ・グラモフォンのレコードだった。小学生の頃で、ほぼ同時に「交響曲第3番変ホ長調Op.55《英雄》」と「同第9番ニ短調Op.125《合唱付き》」もカラヤン指揮ベルリン・フィルのレコードで熱中して聴いた。
筆者が聴いた順番を、下位の記憶が曖昧ながらも並べれば、「第5,3、9、7、6、8、4、1、2番」。好みに加え、レコードのカップリングも影響した。ところが最近好んで聴くのは「第1、2、4、8番」。「第1番」のほかは偶数番号だ。9つの交響曲の順列は9の階乗(9!)で36万2880通り。順番を決めて聴くことに意味があるとは思えないが、人の好みは計算上それだけ多様であり得る。「第1番」を愛聴曲の筆頭に挙げる確率は 9分の1(約11.1%)。「第1番」が大好きになってもいい理由はいくつもある。
Beethoven: Symphony No. 1 in C Major, Op. 21: I. Adagio molto – Allegro con brio
まず、数学的構造の外観を装う古典交響曲でありながら、挑戦的で奇抜。遊びや笑いがあり、革命的な先進性を持つ。ベートーヴェンが「交響曲第1番」を作曲したのは1800年、29歳のとき。天才ピアニスト兼作曲家として社交界の寵児となっていた。しかし「交響曲第1番」は若書きの習作ではない。ボンからウィーンに上京して7年、作品番号1(Op.1)の「ピアノ三重奏曲第1、2、3番」を作曲してから5年が過ぎていた。聴覚の異変という苦悩も始まる中での満を持しての交響曲である。
意表を突く第1楽章の序奏
モーツァルトやハイドンの古典派交響曲を手本にしただけの作品ではないことは、第1楽章冒頭からすぐに分かる。アダージョ・モルトの序奏は、意表を突く出だしとして有名だ。ハ長調(C)の交響曲なのに、最初の和音はヘ長調(F)の属七の和音(C7)。溜めを利かせて着地する2つめの和音がFであり、ヘ長調の曲だと思えば、「C7(Ⅴ7)→F(Ⅰ)」とドミナントからトニックにいきなり解決してしまい、「もう終わりですか」といった印象を与える。冒頭の正格カデンツ(終止)「Ⅴ7→Ⅰ」は、新時代を切り拓く宣言にも聴こえる。
序奏の最初の4小節は「C7→F→G7→Am→D7→G」と和声が進行する。ヘ長調(F)で終わったかと思えば、2小節目にはハ長調(C)の属七の和音(G7)が鳴り、改めて「G7(Ⅴ7)→C(Ⅰ)」で主調のハ長調が現れると期待される。ところが溜めを利かせて次に鳴らされるのは、ハ長調の代理和音としての6度(ⅵ)のイ短調和音(Am)なのだ。これは、本来解決すべきC(Ⅰ)に進むと見せかけて平行調のAm(Ⅵm=ⅵ)に着地する「偽終止」である。
そして次はト長調(G)の属七の和音(D7)。3度目の正直のようにD7は第3小節全体を使って引き延ばされ、第4小節でト長調和音(G)がフォルテ(f)のトゥッティ(総奏)によって大々的に鳴らされる。それも束の間。すぐにヴァイオリンが音階動機を属和音系で繰り出す。第6小節で初めてハ長調の和音が鳴るが、主調を固めるほど長くは続かず、12小節の序奏は属調のト長調のままで終わる。巧妙な仕掛けの独創的な序奏だ。「交響曲の父」と称される師ハイドンは多忙なため熱心には教えてくれなかった。ベートーヴェンは手探りで推敲を重ねて交響曲の第1作を書き進めたのだろう。
みなぎる自信と個の主張
序奏が終わると、ソナタ形式の第1楽章は速いアレグロ・コン・ブリオの提示部に入る。第1主題は、モーツァルトの最後の「交響曲第41番ハ長調K.551《ジュピター》」の第1楽章第1主題に似ていると指摘される。どちらも同じハ長調で、音階を素早く上行しつつハ音を強調する音型を含む。だがその音型に続けて、モーツァルトは伸びやかに歌うのに対し、ベートーヴェンは「ドミソシド」と1オクターブの階段をスタッカートで歯切れよく確実に駆け上がる。そこには若いベートーヴェンのみなぎる自信と上昇志向、野心が感じられる。
第1楽章のソナタ形式の構造全体は下記の独自分析の図表をご覧いただきたい。サイズの制約で詳述しきれないが、調性構造の概要は示せていると思う。第1主題から第2主題への推移部は、第1主題自体よりも勇壮で強力だ。大らかな旋律が、うねるように上・下行する8分音符の音階運動と一体になり、重厚に行進する。4分音符でのCとGの和音の念入りな畳み掛けは強烈な個の主張を滲ませる。
| 序奏部(1~12小節) 下属調のヘ長調や属調のト長調 |
| 提示部(13~109小節) |
| 第1主題(13~33小節)=ハ長調 |
| 推移部(34~52小節)=ハ長調 |
| 第2主題(53~87小節)=ト長調 → ト短調 |
| 小結尾(88~109小節)=ト長調 → 第1主題へのリピート |
| 展開部(110~177小節) |
| 第1主題動機素材①(110~121小節)=イ長調 → ニ長調 → ト長調 |
| 第1主題動機素材②(122~143小節)=ハ短調 → ヘ短調 → 変ホ長調 → 変ロ長調 |
| 動機の細分化とカノン風展開(144~159小節)=変ホ長調 → ヘ短調 → ト短調 |
| 闘争的展開(160~167小節)=ホ長調とイ短調(V→Im)の反復 |
| 再現部に向けたドミナント準備(168~177小節)=ホ長調 → ト長調 |
| 再現部(178~259小節) |
| 第1主題の短縮化→動機拡大と推移部断片の融合(178~205小節)=ハ長調 |
| 第2主題(206~241小節)=ハ長調 → ハ短調 |
| 小結尾(242~259小節)=ハ長調 |
| 終結部(260~298小節)=小結尾の末尾拡大(F→Dm→G)からハ長調 |
オーボエとフルートのゼクエンツ(反復進行)で始まるト長調の第2主題は軽やかな下行音型が特徴。この歌う旋律に続いて、16分音符と4分音符を組み合わせた「運命の動機」のような同音連打が現れる。ここで行進曲風に変わり、「G→D7→G」の和音をフォルテとスフォルツァート(sf)で激烈に刻む。キレのある和音の刻みは爽快だが、その直後に第2主題は同主調転調し、ト短調へと陰る。モーツァルトのかなしみとは異なり、苦難と闘うシラー的個人の一瞬の憂鬱であり、すぐに立ち直ってト長調の小結尾(コデッタ)へと向かう。
動機や小結尾を部分拡大
展開部では目まぐるしく転調を重ねる。第1主題の動機を素材にしてイ長調から入り、五度圏を時計と逆回りにニ長調、ト長調へと巡る。印象深いのは、ハ短調へと突入して以降、短調が優勢となることだ。カノン風の展開を短調で締めくくった後、フガートに発展しそうな「E→Am(Ⅴ→Ⅰm)」の反復による闘争的な局面となってクライマックスを迎える。ここは後年の「第九」の第1楽章展開部での劇的な巨大フガートを予感させる。ベートーヴェンはフーガの基礎となる対位法をハイドンではなくアルブレヒツベルガーから学んだ。
第1楽章の再現部ではソナタ形式の型通り、第1、第2主題とも主調のハ長調で再現される。ただ、第1主題は短縮化されている。さらにはその動機の末尾部分が異様に拡大され、木管群が音を引き延ばして半音階的に上行する中で、推移部の動機の断片と融合して展開部のような盛り上がりを聴かせる。終結部(コーダ)でも第2主題の小結尾の末尾部分(提示部のリピートのためのつなぎの部分)を拡大し、展開部のような緊張感を経てからようやくハ長調で閉める。従来の古典派交響曲のようには簡単に終わらないのだ。
スケルツォ導入と市民の交響曲
第1楽章だけでも興味は尽きないが、第2楽章以降にもベートーヴェンらしい特徴がある。第2楽章アンダンテ・カンタービレ・コン・モートは、これまたモーツァルトの「交響曲第40番ト短調K.550」の第2楽章に似ているといわれる。緩徐楽章ながらどちらもソナタ形式であり、確かにベートーヴェンのヘ長調8分の3拍子の第1主題はモーツァルトの変ホ長調8分の6拍子の第1主題とよく似た雰囲気がある。これはベートーヴェンのモーツァルトへのオマージュだろう。しかしモーツァルトが「第40番」で用いなかったティンパニとトランペットが第2主題や展開部で活躍するところはユニークだ。
第3楽章は「メヌエット」と題されているが、アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェの速い4分の3拍子であり、実質的にはスケルツォである。このため「第1番」は優雅な宮廷舞曲としてのメヌエットではなく、奔放で活発なスケルツォ楽章を実質的に取り入れた初の交響曲と目される。それは交響曲が貴族の離宮やサロンで演奏される宮廷音楽から、個人の才覚で経済力をつけ始めた商工業者ら市民の音楽へと移行しつつあることを物語る。
Beethoven: Symphony No. 1 in C Major, Op. 21: III. Menuetto. Allegro molto e vivace
ベートーヴェンはフランスに近いライン地方のボンからウィーンにやってきた。1800年といえばフランス大革命から10年以上が経つ。ナポレオンは1799年11月の「ブリュメール18日のクーデター」でフランス第一共和政の第一統領に就任していた。「私は貴族の皆様から多大な経済的支援をいただいておりますが、実はナポレオンを支持する熱烈な共和主義者です。自由、平等、友愛を追求し、市民が主役の交響曲を書いていきますのでご了承ください」。ベートーヴェンが不敵な笑みを浮かべてこう呟いたとしても不思議ではない。
ユーモアを振りまく余裕も「第1番」の魅力だ。第4楽章冒頭はフォルティッシモの総奏でト音(ソ)を鳴らした後、第1ヴァイオリンが「ソラシ」「ソラシド」「ソラシドレ」ともったいぶって1音ずつ追加しながら1オクターブを駆け上がる。主部はアレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェとなり、清々しい疾走感でハ長調のソナタ形式を成す。結果、数学的均衡美の交響曲全4楽章が完成する。だがそれは古典形式に内容を盛るのではなく、個人の感情が内部から突き上げ、形式を打ち破りそうな中で何とか均衡を保っている交響曲である。
算数が苦手でもAIに勝つ
生成AI(人工知能)による作曲は線形代数を基盤とし、音や音楽の構造を数値の配列(ベクトル)や行列に変換して処理していく。AIにとって音楽はデータの確率分布と高次元幾何学的な関係であり、数学そのものである。ベートーヴェンは釣り銭を数えるのもままならないほど算数が苦手だった。中・高校レベルの数学を教わることもなかった。
AIは数学的構造の音楽を作るのが得意そうだ。ロックでもポップスでも交響曲でも、きちんとした優等生的な音楽を生成していくだろう。算数が苦手なベートーヴェンは、直感的なバランス感覚と音感、音楽理論の習得努力によって交響曲を書き上げた。ベートーヴェンの魅力は数学的均衡美にあるのではない。生い立ちや人生経験から来る自由主義的な理想、倫理観、葛藤や友愛精神は人間ベートーヴェンしか持ち合わせない。AIはベートーヴェンが生きた時代を実際に経験し得ない。見事に構築された交響曲を通じて、聴き手は結局のところ人間ベートーヴェンに共感する。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介
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