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Phase76:サン=サーンスは長寿社会の鑑、晩年の「オーボエソナタ」、時代が一回転して最先端に(クラシック名曲 ポップにシン・発見)

Phase76:サン=サーンスは長寿社会の鑑、晩年の「オーボエソナタ」、時代が一回転して最先端に(クラシック名曲 ポップにシン・発見)

フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンス(1835~1921年)は享年86。19世紀前半生まれにしては長寿だ。モーツァルトに匹敵する神童として幼少期から活躍。青年期はワーグナーやリストを支持する進歩派だった。しかし普仏戦争後はフランス独自の純粋器楽の復興と発展に尽力。保守派の重鎮となり、若手から「生きた化石」と揶揄される。だが時代は一回転する。晩年の「オーボエソナタ」は最先端の新古典主義音楽として次世代のプーランクらに影響を与えた。生涯現役、年の功、長寿社会の鑑である。

ガリアの芸術、国民音楽協会

「アルス・ガリカ(Ars Gallica)」。ラテン語で「ガリア(フランス)の芸術」を意味する。ゲルマン系フランク族の侵入以前のガリア人の時代にまで遡るほどの強烈なナショナリズム。サン=サーンスは1871年、この標語を掲げて詩人のロマン・ビュシーヌらと国民音楽協会を創設した。背景には普仏戦争でのフランスの敗北がある。1870年9月、フランス皇帝ナポレオン3世がプロイセン軍の捕虜となり第二帝政が崩壊。翌1871年1月、パリを包囲したプロイセン王ヴィルヘルム1世がヴェルサイユ宮殿でドイツ皇帝に即位し、ドイツ帝国の成立を宣言した。

1871年5月のフランクフルト講和条約で正式にフランスの敗戦が確定し、フランスはアルザスとロレーヌの領土をドイツに割譲した。当時のアルザスの様子はドーデの短篇小説「最後の授業」に描かれている。筆者はドイツ駐在時、フランクフルトの自宅から仏アルザスの中心都市ストラスブールに車でよく買い出しに行った。アウトバーンで2時間余り。アルザスの村々では「最後の授業」のイメージが浮かんだ。この小説でアメル先生はフランス語について「(世界で)最も美しく(la plus belle)、最も明晰で(la plus claire)、最も堅固な(la plus solide)」言葉だと語る。その認識はサン=サーンスのフランス音楽の理想と一致する。

守旧派のイメージが定着

19世紀フランスではワーグナーのオペラが人気だった。オーベールやアレヴィ、ドイツ出身のマイアベーアらによるグランドオペラが一世を風靡したこともあり、作曲家はオペラを書いて一人前という風潮が強かった。それが普仏戦争でドイツに屈辱的な敗北を喫してから様相が変わる。サン=サーンスは一転してワーグナーをはじめドイツ音楽のフランスへの影響を排除する姿勢を取り始める。加えてオペラ偏重を改め、フランス的な明晰さや均整美を重視し、フランス人によるフランス独自の純粋器楽の復興と創造に乗り出した。

国民音楽協会は定期演奏会を開催し、サン=サーンスの教え子フォーレの「ピアノ四重奏曲第1番ハ短調Op.15」、フランクの「ピアノ五重奏曲ヘ短調」などフランス近代音楽史に名を刻む数々の作品を初演した。やがてフランクの弟子のダンディは同協会の活性化に向けて外国作品の演奏を提唱したが、サン=サーンスはこれを拒否し同協会を脱退した。第一次世界大戦中、敵国のドイツとオーストリアの音楽を排除する目的でフランス音楽防衛国民同盟が設立された際、サン=サーンスは主導的な役割を担った。フランス音楽の純粋性を守ろうとするあまり、彼のナショナリズムは強まった。

【サン=サーンスが生きた時代の主な作曲家】

サン=サーンスが生きた時代の主な作曲家

国民音楽協会はドビュッシーやラヴェルが活躍する土台ともなった。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」やラヴェルの「弦楽四重奏曲」は同協会の定期演奏会で初演された経緯がある。だがサン=サーンスはドビュッシーの印象主義音楽の曖昧模糊とした響きを嫌い、フランス的な明晰さと相容れないとして批判。ストラヴィンスキーの「春の祭典」についても音楽の伝統と秩序を破壊するとして拒絶した。こうしてサン=サーンスには守旧派のイメージが定着し、「生きた化石」と揶揄されるようになる。

最後は木管楽器のソナタ3連作

しかし保守派サン=サーンスの音楽が陳腐なわけではない。「ピアノ協奏曲第4番ハ短調Op.44」(1875年)は循環形式とリスト流の主題の変容を融合した全2楽章4部構成の傑作。第2楽章後半ではピアノが循環主題を右手の単音だけで弾いてクライマックスへと導く場面があるなど、意表を突く簡素な響きは画期的な新しさだ。「交響曲第3番ハ短調Op.78」(1886年)では協奏曲的ではなくパイプオルガンを導入。4楽章形式を解体し、二部構成の循環形式による斬新な交響曲を創造した。そして死の年の1921年、木管楽器のための3つのソナタを作曲した。

「オーボエソナタニ長調Op.166」「クラリネットソナタ変ホ長調Op.167」「バスーンソナタト長調Op.168」は、古典的な形式と明晰さを重視したサン=サーンスの集大成といえる最後の作品群。ワーグナーからマーラー、リヒャルト・シュトラウスへと至るドイツ=オーストリアの重厚長大で豪奢な響きの後期ロマン派音楽とは対極にある珠玉の3連作である。中でも「オーボエソナタ」はオーボエ特有の研ぎ澄まされた音色がピアノの減衰音と相まって、贅肉を削ぎ落とした透明感のある響きを隅々まで行き渡らせる。旋律は明快で美しく、バロックや古典派のような簡潔な構成を持つ。

20世紀音楽「オーボエソナタ」

サン=サーンスは長生きをしたので、晩年はすっかり20世紀に入っている。シェーンベルクやベルク、ウェーベルンら新ウィーン楽派が無調や十二音技法へと向かう中、単なる古典派の模倣では反動家にしか見られない。サン=サーンスの「オーボエソナタ」は見かけこそ古典派でも中身は20世紀音楽だ。例えば、第2楽章の冒頭6小節。「ad libitum(自由に)」と指定された即興的な部分。アレグレットのやや速めのこの緩徐楽章は、冒頭と最後にオーボエの伸びやかなレチタティーヴォ風のカデンツァを置いている。

Oboe Sonata in D Major, Op. 166: II. Ad libitum - Allegretto - Ad libitum

第2楽章の冒頭6小節は拍子記号が無い。厳密な拍節感にとらわれずに演奏する。フェルマータや休止符、前打音、16分音符や32分音符も入り交じり、リズムの自由度が非常に高い。ストラヴィンスキーの「春の祭典」のように変拍子を喧伝するのではなく、ジャズに通じる即興性や自由なリズム感をさりげなく取り入れている。あえて8分音符1個分を1拍と換算すれば、5、6小節目がともに18拍なのは、8分の9拍子の主部のアレグレットへの接近、移行準備と見ていいだろう。

ピアノは5小節までフェルマータ付きの全音符でアルペジオを鳴らすのみ。その和音はB♭、B♭M7、Cm/B♭、B♭M7sus4、B♭7。6小節目でB♭M7sus4とB♭を2分音符のアルペジオで鳴らしてアレグレットの主部に入る。ベース音を主音の変ロ(B♭)で固定するペダルポイント、内声を滑らかに変化させるクリシェの手法は、濁りのある透明感や浮遊感を生み出す点で新古典主義的である。メジャーセブンス(M7)やサスフォー(sus4)の響きの多用は現代的で、洗練されたジャズやシティポップといった趣もある。

「化石」が新古典主義の源流に

サン=サーンスの「新しさ」にフランス六人組のプーランクも気付いたはずだ。プーランクは亡くなる前年の1962年、新古典主義の盟友といえる存在だったロシア(旧ソ連)のプロコフィエフに捧げる「オーボエソナタ」を作曲した。だがその透明性の高い簡素な響きを聴けば、プーランクがサン=サーンスを意識していたと分かる。そこにはプロコフィエフ流の皮肉とともにサン=サーンス風の明晰さと形式美もある。そもそもプロコフィエフにオーボエのためのソナタ作品はなかった。

奇しくも「オーボエソナタ」はサン=サーンスとプーランク2人の最晩年の作品となった。ロマン派時代に古典派の美を追求したサン=サーンスは時代遅れの作曲家と見做された。組曲「動物の謝肉祭」の第12曲「化石」では自作の旋律も引用しつつ時代遅れの音楽界を皮肉った。だが伝統的な調性音楽の破壊が進む一方で、意外にもそれに対抗する新古典主義音楽が台頭してきた。彼は一気に新古典主義の源流と評価されるようになる。生涯現役で作曲を続けているうちに時代は一回転した。時代は回る。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介

文/ 池上輝彦

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2026.07.27
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