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Phase75:権代敦彦のオペラ「ZEN」、二項対立を超える「妙」サウンド、調布国際音楽祭で世界初演(クラシック名曲 ポップにシン・発見)

Phase75:権代敦彦のオペラ「ZEN」、二項対立を超える「妙」サウンド、調布国際音楽祭で世界初演(クラシック名曲 ポップにシン・発見)

オペラの最先端はどうなっているか。調布国際音楽祭2026(東京都調布市)で6月26日、権代敦彦のオペラ「ZEN」全2幕の世界初演を聴いた。脚本は堤春恵。哲学者・西田幾多郎と仏教学者・鈴木大拙は西洋的な敵と味方の二項対立の論理を乗り越えようとする。2人の苦闘が、戦犯として死刑判決を受けた軍医と学徒兵の悲劇に重なる。鈴木優人指揮バッハ・コレギウム・ジャパンと尺八の黒田鈴尊、加耒徹や与那城敬ら豪華歌手陣による演奏は、大拙の禅の思想のように、西洋と東洋の二者択一を超える「妙」サウンドの新境地を聴かせた。

不協和な現代バロックの美

諸行無常のような笛の音から始まった。リコーダーか、フルートか、尺八か。わびしい音色。ステージの左端から尺八の音が聴こえる。編成はユニークだ。調布市文化会館たづくりくすのきホールのオーケストラ・ピットに入った器楽奏者はバッハ・コレギウム・ジャパンの9人。ヴァイオリンとヴィオラとチェロ、リコーダー、フラウトトラヴェルソ(古楽フルート)、バロックハープ、チェンバロ、オルガン、各種打楽器を含むバロックティンパニの奏者がそれぞれ1人。金管楽器が無いのも特徴。それに男声8人。しかし尺八奏者は見当たらない。

権代の作品はこれまでもライブで聴いたことがある。今回のオペラ「ZEN」は古楽器による室内楽編成と鈴木優人の精密な指揮によるものか、音がクリアで美しい。「西洋古楽器+尺八」だと古風な響きを想像しがちだが、高音域の電子音のような持続音もある。どのように発せられているか、チェンバロとオルガンの鍵盤は見えないし、楽譜も見ていないので分からない。公演の1週間前には権代によるトークイベントもあったようだ。

【権代敦彦作曲オペラ「ZEN」の楽器編成】

権代敦彦作曲オペラ「ZEN」の楽器編成

曲は半音階や不協和音を多用した現代のバロックという趣だ。本来バロック音楽で鳴っているはずの和声や旋律ではなく、近代の機能和声がすっぽり抜け落ちているような印象だ。しかし対位法的でポリフォニックな音の線が随所で美しい幾何学模様を描き、半音階や不協和音が心地良くなってくる。古楽と現代音楽は交錯し、打ち消し合い、共鳴しながら、両者を包み込む新たな音楽の運動を生成していくかのようだ。尺八による邦楽と西洋音楽との「二項対立」でも同様のことがいえそうだ。

西洋音階を超える響きの象徴

印象深いのは、ひたすら高音へと切れ目なく上行していく無限音階(シェパードトーン)のような響きだ。西洋音階を超えようとする響きの象徴か。ヴァイオリンとヴィオラ、チェロ、ハープのグリッサンドも多用されている印象だ。ゼクエンツ(反復進行)や分散和音のオスティナート(反復)も聴き取れて、ミニマルミュージック風の親しみやすさも感じさせた。一方でフラジオレットだろうか、ヴァイオリンやチェロの金切り声のような高く擦れる音色はいかにも現代音楽らしい。

さらには、カッカッカッという時を刻む音。ハープの高音弦で鳴らしているのか。学徒出陣で戦場に赴いた木村和夫(テノールの櫻田亮)がシンガポール戦犯刑務所で死刑になる直前の秒読み場面で克明に鳴っていた。このほかにも各所で時を刻む音がビートのように鳴った。チェンバロやオルガン、ハープによるものか、ハンガリー発祥の打弦楽器ツィンバロンのようなバラッとした弦の分散和音の響きも独特の浮遊感を醸し出した。調性ははっきりしないし、不安定なのに、なぜか癒されるサウンド。これは何かを想起させる。

思い浮かんだのがメシアンの「世(時)の終わりのための四重奏曲」とピアノ組曲「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」。東京コンサーツ提供のプロフィールによると、権代は「少年期にメシアンとバッハの音楽の強い影響のもとに作曲を始め」、「高校卒業後にカトリックの洗礼を受け」た。メシアンと通底するサウンドがこのオペラで聴けても不思議ではない。メシアンはそれら2作品を第二次世界大戦中に作曲しており、「ZEN」の時代背景とも合致する。

西田の「絶対矛盾的自己同一」

堤の脚本、田尾下哲の演出では人物が大胆に類型化され、物語がシンプルで分かりやすい。台詞は明瞭で、小津安二郎の映画のように棒読みされたり、朗読されたりもする。シュプレヒシュティンメ(語る声)だ。第1幕では西田(バリトンの与那城敬)と大拙(バリトンの加耒徹)が棒立ちとなり、それぞれ思想を主張するが、独り言のモノオペラ的な雰囲気である。西田は「善の研究」で主観と客観が分かれる前の「純粋経験」を「唯一の実在」として主張。このオペラではその後の著書「哲学の根本問題」の思想が開陳される。抑揚の少ない台詞が急に要所で音程を上げたりする2人の歌の「旋律」が興味深い。

【権代敦彦作曲オペラ「ZEN」世界初演での声楽陣】
鈴木大拙(仏教学者) 加耒徹(バリトン)
西田幾多郎(哲学者) 与那城敬(バリトン)
木村和夫(学徒兵) 櫻田亮(テノール)
鷹野清(軍医) 加藤宏隆(バスバリトン)
木村正子(木村の妹) 村松稔之(カウンターテナー)
看守 渡辺祐介(バス)
テノール4人 バッハ・コレギウム・ジャパンの男声合唱メンバー
バス4人

(カウンターテナー含めすべて男声)

「哲学の根本問題」の文章がそのまま読み上げられる場面もあっておもしろい。「~なければならぬ」「~なければならない」が多用される西田独特の文体だ。「それは絶對の否定卽肯定、絶對の無卽有といふものでなければならない」「死することが生れることであり、生れることが死することであり」(1965年発行の西田幾多郎全集第七巻「哲學の根本問題」37ページ、岩波書店)あたりか。主客、無と有、一と多など相容れない両極の矛盾がそのまま統一された「絶対矛盾的自己同一」の概念へと向かう思想だ。

米英などの西洋と東洋の日本の対立が現実となった第二次世界大戦中の1945年6月7日、西田は世を去った。このオペラでは西田や大拙との関係はよく分からないまま、二重写しのように、シンガポール戦犯刑務所での学徒兵・木村(櫻田)と軍医・鷹野清(バスバリトンの加藤宏隆)の場面になる。木村は南の島で島民を殺害したとして死刑を宣告され、鷹野も上官の命令でスパイを毒殺した罪状で死刑判決を受けたと歌い語られる。無実だった木村は死刑が執行され、鷹野は減刑される。鷹野は木村に西田の著書「哲学の根本問題」を譲り、木村は本の余白に遺書を書き綴って絞首台に上った。

常軌を逸した「妙」の高揚感

オペラのクライマックスは第2幕後半、鷹野が10年後に帰国し、木村の妹の木村正子(カウンターテナーの村松稔之)から遺品の「哲学の根本問題」を受け取り、木村の遺書を読んでから。無実の木村が死刑となり、自分は助かったことの葛藤が描かれ、そこに大拙(加耒)が再び現れる。大拙(加耒)がスタンドマイクで演説する場面もあった。大拙は1966年まで存命で、英語の著書もあり、戦後も日米で活躍したから史実的にも正しい。だが「死することが生れることであり」の西田の言葉の通り、もう誰が生きていて死んでいるのか分からない場面が続く。

【西田幾多郎と鈴木大拙の主な著作】
西田幾多郎(1870~1945年)
「善の研究」 1911年
「自覚に於ける直観と反省」 1917年
「働くものから見るものへ」 1927年
「哲学の根本問題」 1933年
「日本文化の問題」 1940年
鈴木大拙(1870~1966年)
「An Introduction to Zen Buddhism」 1934年
「Zen and Japanese Culture」 1938年
「日本的霊性」 1944年
「Mysticism: Christian and Buddhist」 1957年
「東洋的な見方」 1963年

いつの間にかステージの左端に尺八奏者の黒田鈴尊の姿がはっきり見える。これまではステージ上に15枚並んだパネルの後ろに隠れて見えなかったか。脚本がシンプルなのでつながりが分かりにくいが、鷹野は死後の西田に「哲学の根本問題」の本を返しに行こうとしたのだろう。そこに大拙が現れ、鷹野を禅の教えに導き、二者択一の論理を超える「妙」(Wonderful)の境地を説く。男声8人は声明(しょうみょう)となって般若心経を唱える。

最も驚いたのは、尺八の黒田と大拙役の加耒が客席を練り歩き、「Wonderful」が繰り返し唱えられ、尺八は咆哮し、音楽が常軌を逸して盛り上がったことだ。現代音楽も前衛音楽も邦楽も超越した高揚感である。「wonderfulとかmysteriousとかunthinkableという言葉を使っても、日本語にいう妙ということに当たらない」(鈴木大拙著「東洋的な見方」角川ソフィア文庫)。日本文化は奥ゆかしいものなのだ。それでも、対立が続く世界の人々に向けて「妙」の境地を説くには「Wonderful」を唱え続けるしかない、という断固たる意志を力強いクライマックスで実感した。

現代音楽のポピュラリティー

日本を代表する現代作曲家のオペラの世界初演ということで、500席のホールには権威ある音楽評論家や音楽ジャーナリストの方々が多数詰めかけていた。調布という都心近郊の地方都市で開かれた国際音楽祭の注目オペラをどれだけの一般市民が楽しんだか。ピエール・ブルデュー著「ディスタンクシオン」の「文化資本」「ハビトゥス」の概念が頭をよぎる。

第四高等中学校を中退し、東京帝国大学の選科生(聴講生)として様々な学歴差別を受けた西田の境遇に思いをはせる。西田は学業だけでなく教職のポストや昇進でも冷遇され、独学と同郷の親友・大拙との知的交流によって自らの哲学を大成した。「現代音楽」は一部の専門家のマウンティングやインナーサークリングのためのものではない。音楽をめぐる別次元の二項対立の論理をどう乗り越えるか。権代のオペラは難解ではないし、ポピュラリティーを秘めている。「Wonderful!」な再演が続いて広く親しまれることを願う。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介

文/ 池上輝彦

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2026.07.16
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