
2026年3月25日、そぼ降る雨の中、銀座7丁目のヤマハホールに足を運んだ。だが、「あいにく」の空模様とは思わない。春雨に霞む街の風情が佳いのはもちろんのこと、この日の演奏会がすこぶる興味深いことも、その理由のひとつだ。
アンサンブルは宮田大、辻本玲というふたりの人気チェリストに、ピアノの河野紘子を加えたトリオ編成をとる。宮田が舞台で話したように、現代のコンサート・シーンではなかなか珍しい取り合わせと言ってよい。ただ、歴史を振り返れば、上声部にふたつのチェロを置くこのユニットは、17世紀以来の長い伝統を持つ。実際、プログラムには18世紀前半の曲も含まれている。そこに、20・21世紀の作品を対置するのが、このコンサートの肝である。
バロック期と現代、そして映画音楽への変容
演奏会の前半に聴いたヘンデルにしてもヴィヴァルディにしても、バロック期の音楽の持つコントラストは客席にいる者の耳をぐっと掴む。とりわけ、後者の『2つのチェロのための協奏曲』は名曲の誉も高い。冒頭、当時の習慣とは異なり、独奏群の掛け合いで曲は始まる。離れた音域へと上下する跳躍、こちらに迫り来るような上行音型が、聴き手の情緒を揺さぶる。
互いを模倣しあいながら作品を前に進める2つのチェロは、性格の違う兄弟のようだ。語り口は違うのに、声にはどこか似通ったところがある。宮田と辻本がその秘密をトークで明かした。ふたりの使う楽器はいずれも、300年ほど前にクレモナで同じ製作家によって作られたものだという。

こうした“愉しみ”があったとはいえ、この日の白眉はコンテンポラリー作品の演奏のほうにあった。それはやはり、奏者と作曲家との関係がいっそう密だからだろう。
『Nagi』は小林幸太郎の作品。作曲家兼チェロ奏者の小林は、この日の出演者にしてみると演奏仲間であり、“末の弟”の世代にあたる。宮田によると小林は、チェロ・アンサンブルの曲もよく書いていて、宮田もそれを演奏することがあるという。
こうした“仲間の音楽”という視点で見ると、ソッリマの『チェロよ、歌え!』はその生まれからして友愛に満ちた作品と言ってよい。チェロ奏者のソッリマは兄弟子のブルネロと弾くためにこの曲を書いた。タイトルはふたりの師であるヤニグロの言葉だ。

タスキがけするように伸びやかに“声”を交わすチェロがとても印象的なのだが、宮田と辻本の表現するこの“伸びやかさ”に、作品世界の大きさを感じる。ヤマハホール自体はそれほど大容量の空間ではないが、大円蓋の下で音楽を聴いているかのような気分になる。
その空間を映画館へと変容させたのが最後の作品、『John Williams Fantasy Trip』だ。山中惇史がジョン・ウィリアムズの8つの映画音楽をもとに、幻想曲風(性格の異なる各部分が連なるスタイル)に仕立てた。演奏家たちのあらわす空間表現に、物語の場面転換が加わる。仮に映画を知らなくても、その情緒の移り変わりに心躍らせておかしくはない。
雨の銀座が輝いて見えたのも宜なるかな、である。


澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了(音楽学)。柴田南雄音楽評論賞奨励賞(2007年度)および本賞(2011年度)受賞。著書に『音楽家65人の修行時代』(単著)、『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『やみつき!バッハ』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。
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