
ドイツの文豪トーマス・マンの中編小説「トリスタン」では、サナトリウムで主人公の作家デトレフ・シュピネルがクレーターヤーン夫人ガブリエーレにワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」(全3幕)をピアノで弾かせる。マンの初期の佳作だが、音楽好きは「ヴェニスに死す」「トニオ・クレーゲル」と並び愛読したい中編だ。それにしても、抜粋とはいえ、ワーグナーの壮大なオペラをどうやってピアノで弾いたか。ピアノ編曲は初演を指揮したハンス・フォン・ビューローか。だとしたら、2人を取り持つ「愛の死」には毒と皮肉がある。
誰のピアノ編曲か記述なし
「トリスタン」はマンが1903年に発表した初期の中編。雪深い山中のサナトリウムが舞台であり、のちの長編小説「魔の山」を予感させる。題名の通りワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が重要な機能を果たす。実業家クレーターヤーン氏の妻ガブリエーレがサナトリウムに入院する。自称作家のデトレフ・シュピネルはガブリエーレに魅せられ、凡俗で実利的な実業家との結婚で封印された彼女の芸術性を回復させようとする。そして患者の多くが橇遊びで外出した日、シュピネルはガブリエーレにピアノで「トリスタンとイゾルデ」を弾かせる。彼女は医師から禁止されていたにもかかわらず弾き続け、官能的な死の幻想が2人を包む。彼女の病状は急速に悪化していく。
長編「ブッデンブローク家の人々」をはじめ、マンの小説にみられる高貴な芸術精神と平凡な市民生活との相克の図式が「トリスタン」にも典型的に表れている。シュピネルはガブリエーレに芸術の美を見いだして崇拝するが、彼女の夫クレーターヤーン氏の現実的な生活力、夫妻の幼い息子の生命力を前にしてみじめにも敗退する。恋愛小説の域にとどまらない深みがあるが、三角関係に着目すると、興味深い隠喩が浮かび上がる。なぜシュピネルとガブリエーレを取り持つ音楽が「トリスタンとイゾルデ」なのか。
Tristan und Isolde: Vorspiel (Transcription by Richard Wagner / Hans von Bulow)
そもそも「トリスタンとイゾルデ」は管弦楽によるオペラであり、ガブリエーレがピアノで弾くには編曲が必要だ。シュピネルはそのピアノ編曲版の楽譜を見つけて、「こんなことがあるだろうか」(実吉捷郎訳「トオマス・マン短篇集」岩波文庫)と驚く。19世紀の欧州を席巻したワーグナーのオペラには、リストやレーガーら他の作曲家によるピアノ編曲も多い。自宅でも弾けて楽しめるため重宝したのだ。「トリスタン」で描かれるのは、第1幕「前奏曲」から第3幕の「愛の死」までの抜粋による演奏。マンは編曲者について書いていないが、全曲版となると、指揮者ビューローによる編曲を想定した可能性が高い。
ワーグナー派かブラームス派か
ビューローはマーラー以前の近代指揮者の先駆であり、ワーグナーを熱狂的に崇拝していた。ワーグナーのオペラの指揮に意欲を燃やし、「トリスタンとイゾルデ」全曲のピアノ編曲も手掛けた。ここで問題になるのはビューローと彼の妻コジマとワーグナーとの関係。リストの次女コジマはビューローを捨ててワーグナーと再婚した。ビューローは妻をワーグナーに奪われながらも、彼のオペラ作品の重要性を認識し普及に努めた。
| フランツ・リスト |
| 「トリスタンとイゾルデ」第3幕より「愛の死」 「さまよえるオランダ人」第2幕より「紡ぎ歌」 |
| ハンス・フォン・ビューロー |
| 「トリスタンとイゾルデ」全曲 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」全曲 |
| マックス・レーガー |
| 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より「第1幕への前奏曲」 「トリスタンとイゾルデ」第1幕より「前奏曲」と同3幕より「愛の死」 |
| フェルッチョ・ブゾーニ |
| 「神々の黄昏」第3幕より「ジークフリートの葬送行進曲」 |
しかしビューローがワーグナーに恨みを抱くのも人情というもの。折しも19世紀後半、ドイツ語圏の音楽界を二分する対立の構図が生まれた。標題音楽と楽劇を旗印に掲げる革新のワーグナー派、古典形式と純粋器楽を重視する保守のブラームス派による抗争だ。ビューローはブラームス派となり、ブラームスの「交響曲第1番」をベートーヴェンの9つの交響曲の正統な継承として「交響曲第10番」と称賛したり、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスを「ドイツ3B」と定義して権威付けしたりした。
こうした背景を知ると、青春の蹉跌といった趣の小説「トリスタン」は毒素を強め、皮肉でグロテスクな様相を呈し始める。シュピネルとガブリエーレ、クレーターヤーンの三角関係をワーグナーとコジマ、ビューローに重ねるにしても、社交的で押しの強いクレーターヤーンはむしろワーグナーに近いし、芸術への純情という点でシュピネルはビューローに近い気がする。そしてビューロー編曲の「トリスタンとイゾルデ」がシュピネルとガブリエーレの儚い関係を取り持ちながらも滅ぼしてしまうのだ。
トリスタン和音の意義
愛と死が一体となる究極のロマン主義オペラとしてワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」に魅せられた芸術家は数知れない。騎士トリスタンは、自らの主君マルケ王の妃としてイゾルデを船で連行する。イゾルデにとってトリスタンはかつての婚約者を殺した仇である。しかし2人は愛の妙薬によって熱烈に愛し合うようになる。2人の叶わない愛を表すかのようにオペラの全編は解決しない不協和な響きに包まれる。
第1幕の「前奏曲」ではチェロの弱起に続いて木管群がいわゆる「トリスタン和音」を奏でる。西洋音楽史上、機能和声を崩壊させた響きとして衒学的に語られがちだが、コードネームで示せば「G#m/F」となり、異名同音で読み替えれば「Fm7-5(Fマイナー・セブンス・フラット・ファイブ)」。構成音はF(ファ)、B(シ)、D#(レ#)、G#(ソ#)。マイナー・セブンス・フラット・ファイブはジャズでは全く珍しくなく、王道進行「Ⅱ→Ⅴ→Ⅰm」の「Ⅱ」として「Ⅱm7-5」が頻出する。
トリスタン和音の意義は、単に「Fm7-5」という和音の使用にあるのではない。むしろFm7-5が「フランスの増六の和音」や各声部の半音階的な動きとともに使われながら、延々とイ短調の主和音(Am)には解決しない点にある。いい線まで行きながら解決を先送りし、不安な響きを持続させる。しかも第3幕の「愛の死」で最後にようやくもたらされるトニック(主和音)は、イ短調からすれば遠隔調のロ長調なのだ。
Liszt: Isoldes Liebestod, S.447 - Piano Transcription After Wagner's "Tristan und Isolde"
マンの「トリスタン」を深読みすると、この小説の登場人物であるシュピネルとガブリエーレとクレーターヤーン、実在したワーグナーとコジマとビューロー、それにオペラの登場人物のトリスタンとイゾルデとマルケ王の三角関係が三重に錯綜する。シェーンベルクをモデルにした長編小説「ファウスト博士」、マーラーをモデルにして作曲家ではなく作家を主人公にした「ヴェニスに死す」など、マンの小説は音楽との接点が多い。彼の小説を読めば、作曲家や楽曲の新たな面の発見につながる。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介
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