
ジャズを聴き始めた10代のころ(いまから50年ほど前のことです)、ボクの耳にはスウィングは古くさく、ビバップもガチャガチャとうるさいだけで統制がとれていないように感じ、選択範囲から除外することが多かったと記憶しています。
少ししてハード・バップを聴くようになると、テーマ部分のアンサンブルとアドリブ部分の個人技を味わう余裕が生まれて、ようやくジャズの核心に近づくことができた気さえしたものでした。
そんなふうにテーマとアドリブのバランスの妙を楽しむことができるようになったころ出逢ったのが、本作を含むアート・ファーマーの作品群でした。
マイルス・デイヴィスやクリフォード・ブラウンを知っている(=聴いている)だけではミーハーだと見られたのに対し、「アート・ファーマーを知っている(=聴いている)ということは“ジャズ聴き”としての習熟度が一段上で、「シブい」あるいは「ツウ」として見られる(のではないかという自己満足感を含んだ)評価につながっていたように思うのです。
それでは、アート・ファーマーの「シブ」くて「ツウ」なジャズのポイントとはなんだったのかを、改めて考察してみましょう。
Fair Weather (Remastered)
アルバム概要
1958年に米ニューヨークでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面4曲B面4曲の全8曲、モノラルとステレオのヴァージョンあり)でリリース。同曲数同曲順でCD化されています。
メンバーは、トランペットがアート・ファーマー、テナー・サックスとアレンジがベニー・ゴルソン、ピアノがビル・エヴァンス、ベースがアディソン・ファーマー、ドラムスがデイヴ・ベイリー。
収録曲は、アート・ファーマーやベニー・ゴルソン、ジュニア・マンス、レイ・ノーブル、ウェイド・レグといったミュージシャン作の楽曲のほかに、ジャズ・スタンダード・ナンバーを織り交ぜています。
“名盤”の理由
1928年生まれのアート・ファーマーは、米ロサンゼルスの高校在学中に双子の兄弟(アディソン・ファーマー:ベーシスト、本作にも参加)とともにプロとしての活動を始めます。
20代半ばになった1950年代にはニューヨークへ進出、ビバップ系の若手たちとの交流を通じて頭角を現わし、50年代半ばには楽譜に強くアンサンブルにもソロにも秀でたその才能で、シーンでは引っ張りだこの人気を博すようになりました。
そうした状況で制作されたのが本作です。
アート・ファーマーへの評価の高さは、1950年代のジャズの変化、つまり1940年代に勃興したソロ=アドリブ重視以降続くハード・バップ期のアドリブ・バトル偏重によるマンネリズムからの脱却を目的としたアレンジ重視への流れを反映したものだと、ボクは考えています。
ソロ・パートのコーラスを、いかに独自性を発揮しながらまとめ上げることができるかより、アンサンブルを意識したコーディネーションのセンスのほうが問われるようになったわけです。
そんなジャズ・シーンのなかで、その流れにしっかりと対応できる技量とセンスを有していたのがアート・ファーマーだった──その技量とセンスをパッケージできた本作だからこそ名盤となった、ということでしょう。
いま聴くべきポイント
本作をきっかけにアート・ファーマーは、ベニー・ゴルソンとの双頭バンド“ジャズテット”を結成します。
“ジャズテット”は、トランペット(フリューゲルホーン)とテナーサックスの2人のリーダーにトロンボーンを加えたフロントと、リズムセクション3名のセクステットが基本になっています。
ベニー・ゴルソンは3管フロント編成を採用した理由について、「周りにはクインテットが多すぎた」からと語っていたそうです。
つまり、ハード・バップが隆盛を誇るシーンでソロ対決の構図を作りやすい2管フロント(によるクインテット)に対抗して、自らが手がけるアレンジを活かせる3管フロント仕立てをあえて選んだ、ということになるでしょう。
そして本作で選んだ彼らのコンセプションは、“ジャズテット”というユニットによって具体的な音となり、1960年代の多様化するジャズ・シーンにおいて、ウェストコースト・ジャズのオーケストラ・アンサンブルとブルースやファンクといったアフリカン・アメリカンならではの個性をバランス良くミックスさせたサウンドに昇華させたことで、大きな足跡を残すことになります。
その“初めの一歩”としての本作をとらえなおすこともまた、「シブ」くて「ツウ」なジャズの聴き方への道を拓いてくれるんじゃないか──と思うのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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