
ゲイリー・ムーアは長く人気を誇ってきたギタリストであり、アーティストだ。1969年にデビューした彼はソロ・キャリアでロックからブルース、シン・リジィでハード・ロック、コロシアムIIでジャズ・ロックなど、多彩なスタイルで活動。速弾きマシンガン・ピッキングとありったけの感情を注ぎ込む泣きのリードなど、そのギター・プレイは世界を魅了した。2011年、彼が58歳で亡くなったというニュースはファンを悲しみに暮れさせた。
40年を超える活動期間で数多くの音源を世に出してきたゲイリー。自らのリーダー・プロジェクトや所属バンドのみならず他アーティストとのセッションも多くこなしてきたため、その数は膨大なものに上る。
そんな中でレコーディングされた当時オリジナル・ヴァージョンが発表されることがなく、“幻のポップ・チューン”とされてきたのが『ラヴ・キャン・メイク・ア・フール・オブ・ユー』である。
発売中止となった“幻の名曲”
『ラヴ・キャン・メイク・ア・フール・オブ・ユー』は1982年末にレコーディングされた曲だ。 この時期のゲイリーといえば、実はメインストリーム市場への進出を図っていた頃だ。本格ソロ・キャリアを始動させたアルバム『コリドーズ・オブ・パワー』(1982)は骨太のハード・ロックを主軸としていたが、シングル・カットされた「オールウェイズ・ゴナ・ラヴ・ユー」は別れた恋人への未練を歌うメロウなバラードだった。
そしてアルバムからの第2弾シングルとして選ばれたのが『フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ユー』だった。こちらも切ないリード・ギターをフィーチュアしたバラードで、シングル用にカルチャー・クラブを手がけたスティーヴ・ルヴィーンをプロデューサーに迎えてニュー・ヴァージョンをレコーディング。イギリスでは、コミック付き7シングル、ピクチャー・ディスク7シングル、12シングルなど複数フォーマットで発売され、ヒット・チャート入りを狙っていた。
ただ、『フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ユー』はセールス的には振るわなかった。ライヴでも演奏されることなく(BBCラジオのスタジオ・ライヴ・セッションで1度だけ披露された)、そのままフェイドアウトしていった。
実はそれに続くシングルの候補となっていたのが『ラヴ・キャン・メイク・ア・フール・オブ・ユー』だった。アルバム未収録のこの曲だが、『フォーリング〜』に続くポップ・テイスト溢れるナンバーと考えられていたようで、『フォーリング〜』同様にシングルB面用にインストゥルメンタル・ヴァージョンもレコーディングされた。ただ『フォーリング〜』の売れ行きがパッとしなかったことで『ラヴ・キャン〜』のシングル発売は中止になってしまった。そのままこの曲は発表されることもなく、“幻”となってしまった。
日本人アーティストによるカヴァー
ゲイリー自身は『ラヴ・キャン〜』を気に入っており、このままボツにするのは勿体ないと考えたため、他のアーティストに提供することを思い立つ。そうして2組の日本人アーティストが手を挙げ、カヴァーすることになった。
まず坂上忍が1984年のアルバム『Check In』で『愛を見失う前に(Love Love Love)』というタイトルでカヴァーしている。近年ではすっかり司会業がメインの坂上だが、1980年代には歌手としても活動。ビリー・アイドル『反逆のアイドル』デュラン・デュラン『ケアレス・メモリーズ』など、洋楽カヴァーも歌っていた。
そして浜田麻理もアルバム『RAINBOW DREAM』(1985)で『LOVE, LOVE, LOVE』としてレコーディング。彼女とゲイリーは当時、共に“ビクター”と契約、1984年のゲイリー2度目の来日時にヤング・ギター誌で対談をしており、その延長線上にあるカップリングだった。
ゲイリー自身によるヴァージョンは公式リリースされることなく、そのまま封印されていたが、再び浮上するのが1990年代後半のことである。この時期、さまざまなアーティストのキャリアを網羅するCDボックス・アンソロジーが頻繁にリリースされたが、ゲイリーのボックスも企画されたのである。その際に未発表曲も入れようということになり、『ラヴ・キャン〜』が候補に挙がったのだった。このことは筆者(山﨑)とのインタビューでゲイリー本人が「未完成だし満足はしていないけど、当時の空気を気に入っている」と語っている。だが、このボックスの企画自体が頓挫してしまい、この曲が公になることはなかった。
公式リリースへの道
そして話が急展開するのは2001年の夏のこと。ゲイリーの“ヴァージン・レコーズ”時代の作品がリマスター再発されることになり、ボーナス・トラックの候補リストを筆者が作成することになったのである。これは!と思って『ラヴ・キャン〜』をダメ元でリストアップしたところ、2002年に発売された『コリドーズ・オブ・パワー』リマスター盤CDへのボーナス収録が実現したのだった。
(ちなみにこのときタイトルのみが明らかになっている未発表曲『Red Light』『Peace In Our Time』もリストアップしたのだが、リリースは実現しなかった。)
この出来事によってゲイリーが刺激を受けたのか、あるいはまったくの偶然か不明だが、2001年(推定)には『ラヴ・キャン〜』のスロー・ブルース・ヴァージョンがレコーディングされている。ゲイリー没後の2020年にリリースされた未発表音源集『ハウ・ブルー・キャン・ユー・ゲット』で初公開されたトラックで、世界中のファンに衝撃を与えた。このセッションに参加したベーシストのピート・リースによると「リハーサルで簡単なコード進行を教えてもらって、その場で演奏しただけ」とのこと。彼はオリジナル・ヴァージョンを聴いたこともなかったという。
ゲイリー自身によるオリジナルが長いあいだ“封印”されてきた『ラヴ・キャン〜』だが、現在では2つのまったく異なったヴァージョンを容易に聴くことができるようになった。これからも彼がレコーディングしてきた未発表音源の数々が世に出ることを祈りたい。
■ゲイリー・ムーア
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