
2002年に超難関として知られるチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で日本人初優勝を飾った上原彩子。その5年後に同じコンクールのヴァイオリン部門をみごとに制した神尾真由子。 以来、長年に渡って世界的に活躍する2人のヴィルトゥオーゾが、銀座・ヤマハホールの333席の極上の音響空間で豪華共演を行った(2025年11月19日)。
アンコールの定番を並べてチャイコフスキーの真髄に迫った前半
注目のプログラムは、前半にチャイコフスキー、後半にプロコフィエフという、ロシアに縁の深い彼女たちならではの充実したラインナップ。
前半の幕開けに披露した全3曲からなる『なつかしい土地の想い出』は、第3曲『メロディ』がアンコールピースの定番としておなじみだが、全曲演奏で聴けるという意味では貴重な機会。 ヴァイオリン協奏曲の破棄された緩徐楽章を改作する形で誕生した第1曲『メロディ』から、激しい怒りが駆け抜ける第2曲『スケルツォ』、優雅な穏やかさに満ちあふれた第3曲『メロディ』へと至る流れにおいて、2人は1音たりとも疎かさにせず、輝かしく粒立ちのよいピアノとヴィヴラートたっぷりのヴァイオリンが、落ち着き払ったテンポで雄弁極まりない対話を繰り広げていた。

続いて演奏された『ワルツ・スケルツォ』もアンコールでよく取り上げられる名曲だが、この日演奏されたのは、元々はヴァイオリンと管弦楽のために書かれた原曲をヴァイオリン&ピアノ用に替えた編曲版(作曲者と同時代に生きたロシア人ヴァイオリニスト、ワシリー・ベゼルスキーの作)。原曲の569小節を332小節に大きく縮めたり、中間部のカデンツァの直前に新たな美しいブリッジを書き加えたりといった、多くの高い演奏効果の魅力を、彼女たちは前曲と同様に、冷静と情熱の類まれな調和によって余すところなく伝えていたと思う。
世界最高峰の一角と言える圧巻の集中力と燃焼度!
休憩を挟んだ後半は、上原のソロからスタート。生涯に9曲のピアノ・ソナタを残したプロコフィエフの円熟期の傑作として名高い第7番が演奏されたが、彼女の持ち味である軽妙なピアニズムが随所で冴え渡っていた。例えば、第1楽章の強烈な不協和音、鐘の音を模倣した第2楽章の美しい高揚感、高速で強靭なリズムが饗宴する第3楽章などが、いずれも緻密かつ堅牢に構築されていたのが圧巻だった。

そして、この日のトリを飾ったのが、プロコフィエフの最高傑作の一つに数えられる『ヴァイオリン・ソナタ第1番』(全4楽章)。両端楽章の終結部に現れるヴァイオリンの下降音階を、作曲者自身が「墓場を吹き抜ける風」と呼んだと伝えられるが、上原の深く安定したピアノに乗せて神尾が奏でた“風”は、実に静謐な緊張感にあふれていた。また、第2楽章や第4楽章における集中力や燃焼度のあまりの高さは世界的に見ても最高峰の一角と言ってよいだろう、神尾にしか成しえない独壇場だった。

アンコールは、その熱量と疾走感をさらに増したサラサーテ『ツィゴイネルワイゼン』。2人ともチャイコフスキー国際コンクールの栄冠から約20年の時を経て、巨匠への階段を昇り始めていることを確信させてくれた至高の名演に心から拍手!

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。
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