
ボクは本作を“オリヴァー・ネルソンの作品”と認識するのに抵抗があったのですが、それはひとえに“アルト・サックス/テナー・サックス/アレンジ”とクレジットされているにもかかわらず、彼の演奏のインパクトがイマイチだと感じていたからだと思います。
特に、モダンジャズと呼ばれた1960年代を象徴する音色とフレーズを惜しみなく披露している本作のエリック・ドルフィーに比べると、オリヴァー・ネルソンの演奏は地味で「なんだかなぁ……」と感じてしまったのでしょう。
ではなぜ、そんな印象を与える可能性がある本作が“名盤”とされてきたのか、を再考したいと思います。
Stolen Moments
アルバム概要
1961年に米ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面3曲B面3曲の全6曲、モノラル版とステレオ版あり)でリリースされています。同曲数同曲順でのCD化のほか、カセットテープ版があります。
メンバーは、アルト・サックス/テナー・サックス/アレンジがオリヴァー・ネルソン、アルト・サックス/フルートがエリック・ドルフィー、トランペットがフレディ・ハバード、バリトン・サックスがジョージ・バーロウ、ピアノがビル・エヴァンス、ベースがポール・チェンバース、ドラムスがロイ・ヘインズ。
収録曲は、1曲(『ホー・ダウン』のみアーロン・コープランド作曲。1942年に初演されたバレエのための5セクションの楽曲のひとつで、コープランドはこのうちの4セクションを編曲して1943年に初演)を除いてオリヴァー・ネルソンのオリジナルです。
“名盤”の理由
ジャズのルーツのひとつとされるブルースの“雰囲気”を伝える完成度の高いアレンジでまとめた一方で、メンバーの見事なソロ演奏をバランスよく配置した楽曲をそろえたことにより、本作は“ポスト・ビバップで必聴”との評価を得ました。
バランスという意味では、1960年代前半にピアノ・トリオの新たな可能性を示したビル・エヴァンスや、ジョン・コルトレーンとともにジャズの間口を一気に広げたエリック・ドルフィーやロイ・ヘインズ、1950年代のマイルス・デイヴィス・クインテットのベーシストであるポール・チェンバースといった第一線級や若手バリバリの人材を起用しながら、統制のきいた内容に仕上げている作曲者=アレンジャーへの評価が高いことが“名盤”たるゆえんでしょう。
つまり、ボクが感じた演奏者としてのオリヴァー・ネルソンの物足りなさは、少なくとも音楽シーンの本作に対する評価に影響を与えるものではなかったのだと思います。
いま聴くべきポイント
では、本当にオリヴァー・ネルソンの演奏が本作の“名盤”としての評価を毀損するものではなかったのかを、もう一度、考えてみましょう。
改めて聴き直してみても、以前ボクが感じたような“物足りなさ”がオリヴァー・ネルソンの演奏にあるのは確かなようです。
しかしそれは、同じアルト・サックスで、まるでハード・バップの“バトル”を繰り広げるようなエリック・ドルフィーのソロ演奏に続けられているからだった、ということに気づきました。
つまり、このエリック・ドルフィーとオリヴァー・ネルソンのソロ演奏の対比は、オリヴァー・ネルソンが意図的に“仕組んだ”ものだった、と。
言うなれば、強烈な個性でジャズ的なイディオムを展開しようとするエリック・ドルフィーと、モーリス・ラヴェルやパウル・ヒンデミットを聴いて音楽に対する考え方を一新し大学に進んで作曲法と音楽理論を学んだオリヴァー・ネルソンのアプローチを、同じ曲のなかで両立させていた──というわけです。
要するにボクは、オリヴァー・ネルソンのソロ演奏を聴いて「ジャズっぽくないなぁ……」と思ったから、物足りなく感じてしまっただけで、そこに仕組まれた“ジャズを現代音楽の次元でアレンジする”というオリヴァー・ネルソンの意図にまで意識が及んでいなかった……。
そこでようやく、本作はジャズを写実的に描くのではなく、“The Blues and the Abstract Truth”という原題のとおりAbstract=抽象的に描こうとしたところに革新性があり、作曲家であるオリヴァー・ネルソンの才能のすばらしさが見えてきたのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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