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#80:“笑顔の謎”もひと役買ったクールなヴォーカルの新潮流~ジューン・クリスティ『サムシング・クール』編(ジャズの“名盤”ってナンだ?)

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目を閉じ、頬杖をついてチャーミングな笑顔を見せる歌手本人=ジューン・クリスティのイラストが、シアンとブラックのモノトーンで印刷されたジャケット。片や、同じような構図ながら笑顔でこちらを見つめている(頬杖をつく左手のカタチも異なる)彼女のイラストが、カラー印刷されたジャケット……。

この2種類が出回っていたことで、多くのジャズファンを惑わせ、一方ではコレクターの興味を大いにひいていたという彼女の代表作。

“ゲテモノ扱い”をされてもおかしくないようなそんなリリースにもかかわらず、1950年代の女性ジャズ・ヴォーカルを代表する“名盤”とされる理由を、ちゃんと向き合って考えたいと思います。

Something Cool (2018 Digitally Remastered)

アルバム概要

1953年から1960年までの複数回のレコーディングによって構成されている作品です。

詳細は以下のとおり。1953年8月から翌年3月にかけての7回のセッションでレコーディングされた7曲による10インチLP盤(モノラル)が1954年に、1954年12月と翌年5月および6月に行なわれた4回のセッションでの4曲を追加した12インチLP盤(モノラル)が1955年にリリースされ、アルバムとしては11曲(A面5曲B面6曲)ヴァージョンが“決定稿”とされますが、さらにややこしいことに、1960年にはその11曲すべてをステレオで再収録したLP盤がリリースされているのです。

つまり、11曲収録の12インチLP盤をオリジナルとするのですが、それにはモノラルとステレオの音源違いがあり、さらにCD化では同曲数同曲順の11曲収録のモノラルとステレオの2ヴァージョンがあり、モノラルとステレオを合わせた22曲のヴァージョンもあります。

ヴォーカルのジューン・クリスティのほかは、各セッションに彼女が在籍していたスタン・ケントン楽団の卒業生が多数参加(ボブ・クーパー、ミルト・バーンハート、コンテ・カンドリ、メイナード・ファーガソン、ジョン・グラス、スキーツ・ヘルフルト、シェリー・マン、ジョージ・ロバーツ、ショーティ・ロジャース、フランク・ロソリーノ、バド・シャンクらの名前が挙がっています)。

収録曲は、当時のヒットチューンを中心に、ピート・ルゴロの編曲で構成。ピート・ルゴロは作編曲家・プロデューサーで、1940年代にスタン・ケントン楽団で活動していたことから、ジューン・クリスティとも旧知の間柄でした。

“名盤”の理由

タイトル曲『サムシング・クール』は、ピアニストで作詞作曲家のビル・バーンズがショーの挿入曲として1953年に発表していたもので、これを気に入ったジューン・クリスティが「ぜひ!」にとアルバム収録の交渉をして実現したとか。

アルバム(1954年リリースの10インチLP盤)に先立ってシングル・リリースされ、それが評判となって12インチLP盤の企画へとつながり、1年ほどで10万枚を売り上げるというジャズのアルバムでは異例のヒットとなり、“名盤”の座を射止めたというわけです。

いま聴くべきポイント

ヒットの要因のひとつに、タイトル曲『サムシング・クール』の“ジャズらしからぬ”曲調があったのではないかと思います。その背景にあるのが、ジューン・クリスティとともにこの曲に惚れ込んだアレンジャーのピート・ルゴロの存在。

彼は伊シチリア島出身で、両親とともに5歳のころにアメリカへ移住。音楽に没頭して大学へ進むと学位も取得。20世紀を代表する作曲家のダリウス・ミヨーにも師事していました。

1940年代後半にはスタン・ケントン楽団へ多くの曲を提供し、バンドの人気を支える功労者として知られるようになります。

卓越した音楽理論を習得し、エンタテインメントの世界でマーケットニーズへの対応力を身につけた名アレンジャーには、ジューン・クリスティという抑制のきいたハスキー・ヴォイスの歌い手をとおして、1950年代のポピュラー音楽シーンで注目されていた“クール”な空気感を表現すればウケる──という勝算があってのレコーディングだったのでしょう。

ところで、モノラル/ステレオと、ヴァージョン違いが気になる“名盤”ですが、再収録されたステレオ盤は、どうやらモノラル盤をヴァージョンアップする目的とは言い切れない状況であったことも書き添えておきましょう。

というのも、ジューン・クリスティはかなりの酒豪だったそうで、その影響から1960年代半ばには一線を退いています。

そのためか1950年代半ばのモノラル盤に比べるとステレオ盤は「歌い直して質を高めた」とは言いがたく、おそらくレコード業界がステレオ盤に舵を切っていくなかで、モノラル盤の“名盤”の威を借りて仕様違いでのヒットを狙ったか、またはピート・ルゴロがアレンジの妙をステレオ録音で明確に表現したかったからか──。

まぁ、こうした制作側の試行錯誤があるのも、それに耐えうるだけの内容だったという証拠。モノラル盤とステレオ盤を探して聴き比べてみるのも、“名盤”ならではのおもしろさだと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

文/ 富澤えいち

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2026.03.09
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