
フランスで活躍したベルギー出身の作曲家セザール・フランク(1822~90年)といえば「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」。この上なく美しいヴァイオリンソナタであり、長年愛聴する人も多い。繰り返し聴きたくなるこのソナタでは、複数の動機が楽章をまたいで回想され、間歇的に再現する。第1楽章では全4楽章の核となる息の長い美旋律が思い出され、繰り返される。循環形式による音の構築美を堪能しよう。
西崎×ヤンドー盤で最初の衝撃
フランクの「ヴァイオリンソナタ」の素晴らしさを筆者が実感したのは、西崎崇子のヴァイオリン、イェネ・ヤンドーのピアノによるNAXOSレーベルのCD(1990年録音)を聴いたときだった。35年近くも前、東京・秋葉原の家電量販店でそのCDを確か800円台で買った。NAXOSが輸入廉価盤だったとはいえ、円安・物価高の今とは隔世の感がある。グリーグの「ヴァイオリンソナタ第3番」「抒情小曲集」も併録したこのCDは以来、筆者の愛聴盤になってきた。
西崎とヤンドーの演奏で感銘を受けたのは、まず第1楽章の緩やかに盛り上がっていくハスキーヴォイスのようなヴァイオリンの歌、それに呼応するピアノの深みのある和音の響きだ。「ネイチャー・ボーイ」や「ミスティ」などバラードのスタンダードナンバーにも通じるジャズ風の浮遊感のある歌と和声。フランス印象主義音楽の先駆けとも思える響きに魅了された。しかし親しみやすくポップなだけではない。敬虔なカトリック信者でオルガン奏者だったフランクの深遠さや滋味も全4楽章を聴くにつれて感じられてくる。
デュメイや諏訪内ら名盤の数々
名曲なので優れたレコーディングは数多くある。ヴァイオリニストとピアニストの順で愛聴盤を紹介すると、気品と深みのあるオーギュスタン・デュメイとマリア・ジョアン・ピレシュ(1993年、ユニバーサル)、内省的で静謐な諏訪内晶子とエンリコ・パ―チェ(2016年、同)、熱い情感が呼応し合うチョン・キョンファとラドゥ・ルプー(1977年、同)。
このほか、奔放な魅力に溢れるルノー・カピュソンとマルタ・アルゲリッチ(2022年、同)、流麗で透明感のあるリサ・バティアシュヴィリとギオルギ・ギガシュヴィリ(2022年、同)、移ろう心情を歌い上げる大谷康子とイタマール・ゴラン(2019年、アールアンフィニ)もお薦めだ。聴き比べればそれぞれのアーティストのアプローチと個性が明らかになる。
ジャズからの「遠近法的倒錯」
古今のヴァイオリンソナタの中でもこの作品の人気が高い理由は何か。まず第1楽章はロマンティックな浮遊感に包まれている。主調のイ長調(A)に対する属9の和音(E9)をピアノが弾き始める。属和音(ドミナント、V)のホ長調(E)に短7度(D)を加え(E7)、さらにテンションノート(付加音)の長9度(F♯)を入れたE9は、主調(Ⅰ)のイ長調へと強く解決したがるドミナント機能を持ちながら、浮遊感を出し、響きを曖昧にし、洗練させる効果を出す。
Franck: Violin Sonata, CFF 123: I. Allegretto ben moderato
E9のようなナインスコードはジャズに頻繁に用いられる。続くヴァイオリンの美しい旋律もE9の構成音(E、G♯、B、D、F♯)を中心に紡ぎ出され、憂いのあるF♯m7の響きも漂わせる。ジャズのバラードのようなアンニュイでサロン風の雰囲気を醸し出す旋律といえる。ここで後世の解釈(結果)を過去に投影して本質(原因)と取り違える「遠近法的倒錯」が生じる。ジャズを知る現代人には、作曲当時の人々よりも第1楽章が親しみやすくポップに聴こえるのではなかろうか。だからといってそうした聴き方が悪いわけでもない。
第1楽章の感情の大きな高まり
第1楽章のヴァイオリンの美旋律による第1主題は「B9(Ⅱ9)→E(Ⅴ)」という和声進行でクライマックスを築く。ここにはイ長調(A)の第1楽章において属和音ホ長調(E)へと向かう(Eにとっての属和音である)ロ長調(B)の働きがある。Bはセカンダリードミナント(後続和音の根音を仮の主音と見立てて挟む属和音)であり、属和音Eへと疑似的に解決したがる属和音(ドッペルドミナント)といえる。さらに「Ⅱ→V」の動きなのでツーファイブでもある。ジャズやフュージョン、シティポップなどで応用される和声進行であり、Eが主和音であるかのように感情の大きな高まりと解放感をもたらす。
さらに第1楽章の魅力は、クライマックスのホ長調(E)に達したところからピアノ独奏で直ちに始まる第2主題にもある。古典的なソナタ形式において第2主題を属調で始めるのは定石だ。しかし第1主題はそもそも属9の和音(E9)の響きに停留しがちだったわけで、明快なイ長調には聴こえていなかった。このため第2主題は物憂げな第1主題とは対照的に嬉しそうに華やいで聴こえるが、どこか落ち着かない。第2主題は転調を経て一段と憂愁を感じさせる嬰ヘ短調(F♯m)にいったん着地する。そして再び明暗が定かではない浮遊するE9の響きへと戻っていく。どこまでも主調のイ長調を回避する第1、第2主題の提示部は秘め事めいているのでもう一度聴いて謎を突き止めたくなる。
リフレイン風「展開部=再現部」
第1楽章で驚嘆するのはここからだ。展開部無し、もしくは展開部と再現部が合体しているソナタ形式であることが明らかになる。第1、第2主題の提示部の後、ヴァイオリンの美しい歌である第1主題がポピュラーソングのリフレインのようにほぼそのまま繰り返されるのだ。そして再び迎えるクライマックスではついに主調のイ長調(A)へと解決し、感極まったピアノ独奏の第2主題へとなだれ込む。
第1、第2主題の繰り返しはピアノのリズムや和音の配置が1回目とは異なっている。単なる繰り返しではなく、ソナタ形式の展開部と捉えるのも可能だろう。一方で、2回目の第2主題は1回目のホ長調(E)とは異なり、主調のイ長調(A)で始まる。これはソナタ形式の再現部を思わせる。「展開部=再現部」と考えられるのは、2回目の第2主題が終わるともう終結部(コーダ)に入っているからだ。「提示部-(展開部=再現部)-終結部」のシンプルな構成は歌謡的な親しみやすさや洒脱さを醸し出す。第1楽章のヴァイオリンのパートには重音が一切ないことも歌謡的な軽やかさを演出している。
主題の循環と大聖堂の建築美
さらに第2楽章から最後の第4楽章まで通して聴けば、第1楽章の2つの主題が各楽章の新たな主題と連関し循環していることが分かる。第2楽章ニ短調アレグロは一転して暗い情念が渦巻く激しい音楽だが、第1主題は第1楽章第1主題の調性とリズムを変形させたものだ。しかもそれほど変形させないままに第1楽章第1主題が再現される場面もある。第2楽章でほかに印象深いのは、「少しずつ活気を持って(animato poco a poco)」という速度変化の発想記号を付けられ、延々と続けて激しさを増す「A-B♭-C―D」と「A-B♭-C♯―D」を中心としたオスティナートだ。この執拗な反復は謎めいていて、疾走感があり、とてもカッコいい。
Franck: Violin Sonata in A Major, M. 8 - IV. Allegretto poco mosso
第3楽章レチタティーヴォ・ファンタジア(幻想的叙唱)ではさらに謎を深める。第1楽章の主題を散りばめながら、嘆きの歌のような新たな主題が提示される。和声的には解決を拒む係留音が連続する。そして第4楽章では霧が晴れたかのように明るく瑞々しいヴァイオリンの美旋律が登場し、ロンド・ソナタ形式の中でカノン風に盛り上がる。この軽やかな美旋律にも第1楽章の主題の変奏を聴き取ることは可能だ。さらに明るい第4楽章では第3楽章の嘆きの歌の旋律も回想される。
こうして各楽章の主題が連関し、フランク独自の循環形式が完成する。サロン風に軽く聴けると思った主題も、全曲の大伽藍を構築するうえで深い意味があったことに気付く。ラグジュアリーなヒーリング空間が大聖堂の建築美とオーバーラップしてくる瞬間だ。パリのサント・クロチルド聖堂でパイプオルガンを弾くフランクの姿が思い浮かぶ。愛弟子ヴァンサン・ダンディが言ったように、フランクの作品は敬虔なキリスト教信者による神への愛なのだ。世俗的な名曲「ヴァイオリンソナタ」には深い静謐と瞑想がある。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介
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