
弱いタッチはより繊細に、強いタッチはより力強く──新たな表現領域を切り開く「新生エスプレッシーヴォ」。表現力をさらに磨き上げ、コンパクトなモデルを新たに加え、より多くの奏者のニーズに応えるピアノが誕生した。
立ち上がりから余韻まで音色の表情を磨き上げた新モデル
2020年の発表以来、豊かな表現力で多くの奏者を魅了してきたヤマハのグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」。登場から5年を経て、同シリーズが大きく刷新され、奥行きがひと回り小さい「C2X espressivo」もラインアップに加わることになった。今回のモデルチェンジの背景には、2022年に世に出たコンサートグランドピアノ「CFX」の開発で得られた新技術と、表現力の本質を見つめ直す開発チームの姿勢があった。

豊かな表現力はそのままに、「C3X espressivo」よりも奥行きが13cm短い「C2X espressivo」が登場。
(写真左)「C3X espressivo」(写真右)「C2X espressivo」
“目指す音質”を言語化し表現の解像度を高める
モデルチェンジにあたり、開発チームはまず「ピアノの表現力とは何か」を定義し直すところからスタート。表現力という言葉を曖昧なままにせず、実際にピアノの音を聴きながら議論を重ね、目指すべき音の方向性を言語化していったという。「目標とする音質として『密度感を持って浮かび上がる中低域』『余韻のある広がりや音色の変化幅のあるメロディ域』という項目を設定し、現行モデルや新たに作成した試作品の音を聴きながら評価を重ねました。フラッグシップモデルであるCFXで得た知見を生かしつつ、エスプレッシーヴォとしての音の方向性を軸に、C3X espressivoとC2X espressivoそれぞれのサイズに応じた最適な設計を検討していきました」と語るのは、開発を担当した篠原大志さん。
そうして議論と試作を重ねるなかで、どこを磨けば表現の解像度がさらに上がるかが見えてきたという。
「タッチの反応も、メロディ域の密度や陰影も、もっと繊細に描けるようにしたいと思いました。そのために、響板や本体の駆動、響きの感じ方などを細かく分解し、どの要素をどう最適化すべきかを探っていきました。部品を改良するだけでなく、楽器全体がどのように反応し、発音の質にどう影響するかを捉えながら調整を進めました」(篠原さん)

開発担当の篠原大志さん。2020年に発表した「C3X espressivo」の開発も担当。試行錯誤によってピアノの表現力が上がっていくことにワクワクしたと語る。
響板・ハンマー・鍵盤アクション音の核となるパーツを刷新
響板においては、駒、響棒を含む「響板の構造全体」がゼロから見直された。
「響板は厚みをコンマ数ミリ変えるだけで、音の立ち上がりや減衰の仕方が変わります。ピアノの心臓部ともいわれるパーツだからこそ、シミュレーションと試作を往復しながら目指す音に近づけていきました。また、新しい構造を実現するには製造工程での工夫も欠かせませんでしたが、現場の職人の高い技術があったからこそ形にできたと思います」(篠原さん)
なかでも大きな効果をもたらしたのが、クラウン(湾曲構造)の再設計だ。響板は真っ平らではなく、山なりのカーブを持つことで強度や振動効率が高まり、それぞれが音の伸びや反応に直結する。
「CFXで得た技術を取り入れながら、形状だけでなく、そのカーブをどう作るかという製造工程にも新しい設計要素を加えました。強度を維持しつつ、より軽く、よく響く響板設計を探りました」(篠原さん)
ハンマーでは、フェルトの弾力が生み出す「音色変化の幅」をどれだけ引き出せるかが開発の焦点となった。

低音部の弦には、明確な音程感と重厚感を併せ持つ、熟練した職人による手巻き巻線を採用。
写真は、芯となる鉄線に純度の高い銅線を巻きつけているところ。
「ハンマーは、弱い入力(弱打)では大きく変形し、強い入力(強打)ほどあまり変形しないという特徴があります。この変形量の差が音の表情の幅につながるため、フェルト本来の弾力が素直に出るよう、余計なストレスがかからない製法を追求しました。響板の駆動効率が高いエスプレッシーヴォだからこそ、弾力を備えたハンマーの特性がより発揮される面もあります」(篠原さん)
鍵盤アクションでは、弱打のコントロール性を高めるため、部品同士の接点部を最適化。弱打の“陰影”をより自在に表現できるよう、動き出しの摩擦を丁寧に調整した。
「明るい弱打だけでなく、陰影を帯びた弱打も表現できるようにしたいと思いました。動き出しの摩擦を抑えることで弱い力の違いが鍵盤に反映されやすくなりますが、軽くし過ぎるとタッチの手応えが薄れるため、その境目を見極めながら調整し、タッチ感を保ったまま繊細な操作ができるようにしています」(篠原さん)
整音では、開発者と職人が密に連携し、狙う音のイメージを共有しながら仕上げていく体制が取られている。整音を担当するメンバーを絞り、エスプレッシーヴォの音づくりを深く理解した職人が一貫して担うことで、安定した仕上がりを維持している。
並行開発が生んだC3X/C2Xの相互進化
今回の開発では、累計で約30台の試作が製作された。「C3X espressivo」と「C2X espressivo」はサイズも構造も異なるが、いずれもエスプレッシーヴォらしさの追求という同じ目標に向かって開発が進み、両モデルは常に並行して検討されていった。
「片方で得た気付きがもう片方の改善につながることもあり、行き来しながら精度を高めていきました。その過程で、ふたつのモデルは兄弟のような関係だと感じるようになりました」(篠原さん)
また、篠原さんは、試作を重ねる時間そのものに大きな手応えがあったと振り返る。
「ごくわずかな変更でも、必ず音として返ってきます。ほんの小さな調整が音に反映され、データとしてもその違いが確認できる。そうした積み重ねが次の改善につながり、より良い方向へ進めるという実感がありました。一歩ずつ目標に近づいていく過程は非常に充実したものでした」(篠原さん)

2020年発表の「C3X espressivo」と同様に、譜面台の両側に音抜け孔を設置。奏者の耳に音が届きやすく、音の細部まで感じながら演奏できる。
指導者や本格的にピアノを学ぶ人はもちろん、趣味で弾く人にとっても、エスプレッシーヴォは新しい音・響きとの出会いをもたらしてくれる。
「『こんな表現もできるんだ』と、自分の可能性に出会えるピアノだと思います。ぜひ、ピアノと一緒に表現の幅を広げていっていただきたいです」(篠原さん)
新しいエスプレッシーヴォ・シリーズは、奏者の感性に寄り添いながら、その先にある表現へと導いてくれるはずだ。
新espressivo 開発者の想い
ピアニスト梅田智也 新たなespressivoとの出会い
■グランドピアノ「C3X espressivo」「C2X espressivo」
新設計の響板とハンマー、鍵盤アクションにより、わずかなタッチの差も音色に忠実に反映。家庭やレッスン室にも置きやすいサイズの「C2X espressivo」と、環境や時間帯を気にせず演奏に没頭できるサイレント機能付きモデルが新たに加わりました。
奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」
本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。



