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連載15[ジャズ事始め]上海=“ジャズの都”のイメージを決定的にした背景には2人の歌姫の存在があった

中国大陸では、1912年(明治45年/大正元年)の清朝崩壊および中華民国成立、1949年(昭和24年)の中華人民共和国成立という具合に、統治が変遷していく。

こうしたなかで、第二次世界大戦後の上海は、街の空気感も一変していたと言えるだろう。

つまり、世界的な金融都市としての役割は失われ、社会主義国家となって“西側からは行き来しづらい場所”に変わってしまったのだ。

往時の魔都を懐かしむ人たちは、こうした変化を残念に思ったのだろうか、“上海リヴァイヴァル”とも言うべきちょっとしたブームが、しばしば起きることになった。

その先鞭を付けたのが、1951年にドリス・デイがリリースした「Why Did I Tell You I Was Going To SHANGHAI(上海)」だ。

ドリス・デイは、1922年に米オハイオ州シンシナティで生まれた歌手/女優。プロとして舞台に立ったのは1939年というから、まだ17歳。翌年には、ダンス・バンドの雄として名を馳せたレス・ブラウン楽団の専属歌手となり、活動を始める。

1945年にリリースした「センチメンタル・ジャーニー」がミリオンセラーとなって大きな注目を浴び、1948年には映画デビューを果たしている。

年間5本もの主演作を撮影するような超売れっ子だった時期の1951年に出したレコードが、前述の「上海」だった。

前稿でも触れたとおり、この曲は、ボーイフレンドの気を引くために「私は上海に行くから」と言ってしまってケンカになり……という内容なのだけれど、ここに出てくる上海とは、もちろん1951年当時の上海を想定しているわけではない。

魔都と呼ばれた1920年代の、ジャズ華やかなりし上海をイメージしているというのが定説であり、ボクも異論はない。それだけ上海が、“ジャズの都”として世界的に知られる存在であり、そのことをモチーフに生まれた歌で、だからこそヒットを記録するほど支持を得た──というわけである。

そして、そのイメージを共有できる空気が日本にもあったということが、ある歌い手によって証明される。

その人は、美空ひばり。

1953年(昭和28年)にこの「上海」をカヴァーしてリリースしているのだ。彼女は当時、まだ16歳になったばかりだったが、音源を耳にするとドリス・デイが乗り移ったかのようなスウィンギーさと流麗な英語で、このナンバーを歌いこなしている。

1953年といえば、ジョージ川口がビッグ4を結成するなど、日本が空前のジャズ・ブームに沸いている年だった。

美空ひばりは12歳だった1949年(昭和24年)にレコード・デビューを果たし、直後には主演映画「悲しき口笛」の主題曲を大ヒットさせて“国民的アイドル”となっていた。

1950年(昭和25年)の5月から6月にかけて、彼女は師と仰ぐ人気ボードビリアンの川田義雄(晴久)とともに渡米。ハワイで日系二世によって構成されていた第百大隊の記念塔建設のための基金を募る興行を行ない、その足でアメリカ本土へ渡ると、カリフォルニア州各地のステージで日本語だけでなく英語の歌も披露して喝采を受けていた。

ドリス・デイの「上海」がリリースされた時期とはズレているので、美空ひばりがオリジナルを耳にして日本でのカヴァーに臨んだとは言えないのが残念だけれど、「上海」のレコーディング以前にアメリカのステージでジャズをしっかりと吸収していたことは確かだろう。

こうして上海は、アメリカと日本の2人の歌姫に先導され、“狂騒の1920年代”へのノスタルジック・ムーヴメントをも味方に付けて、“ジャズの都”としてシンボライズされることになったのではないだろうか。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

文/ 富澤えいち
2020.06.30
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