趣味はなんですか?と聞かれることがあります。
大体音楽を生業としている者は仕事が趣味の延長のようなものですから、これが私の趣味なのですよ、とはなかなか答えにくい方が多いようです。
私が普段演奏しているのはスウィングジャズといって、ジャズの中でも比較的時代の古いスタイルのもので、トラディショナルジャズとも呼ばれたりします。
そしてスウィングジャズが好きな方は比較的世代が上な方が多いせいか、ジャズだけでなく、落語、蕎麦といったものを好む方も多いようです。
世の中からはいわゆるおじさんと呼称される、年配男性が好むものがまとまっているようにも見えますが、実際に私みたいなおじさんは、ジャズに落語に蕎麦が好きだから仕方ないのです。
この辺りのこだわりというのは、好きなもの同士で話すと良いのですが、誰彼と遠慮なく話すと非常に面倒くさそうな顔をされるので黙っていることが多いです。
例えば一緒に蕎麦など食べに行くと、相手の様子は気になって仕方がありません。
わさびをつゆに解くか解かないなどは、一般的にもよく言われることですが、他にも、つゆの濃さに蕎麦が浸りすぎているとか、箸でつまむ本数が多すぎるとか、蕎麦徳利からお猪口につゆをよそい過ぎるとか。
自分で好きにやる分にはいいのですが、相手に押し付けてしまうとこれはいけません。
いやー、あなたと一緒に蕎麦屋に来るのは初めてだね
こんな店があったとは知らなかったよ
誘ってくれるとは嬉しいね、私は蕎麦に目がなくってね
どれどれ、お品書きはどんな感じだい?
いいじゃないか、蕎麦前もいいものが揃ってるねえ
一杯やりたくなってしまうなあ
まあ仕事前だしせいろ二枚ばかしもらおうかな
お、来たきた
蕎麦は挽きたて、打ちたて、茹でたての三たてですからね
茹でたてがすぐ来るのは嬉しいねえ
あれ?わさびをつゆに解いてしまうのかい?
いやまあいいんだけど蕎麦の風味がねえ
おや、ネギまで入れてしまうのか
これじゃそばを手繰りにきたのか、薬味を食べにきたのかわからないね
いやまあいいんだよ、好きなものは人それぞれだからね
何とも嬉しいね、この時期は新そばだよ
いやあ綺麗な緑色をしてるじゃな…ちょっと待ちなさいって、一口目はつゆに浸さずにそのまま食べてみなさいよ
せっかくの新そばなんだから、風味も楽しまないと損ですよ
ほら鼻に抜ける香りが素晴らしいから、まずはそのまま食べてみなさいって
水蕎麦というものもあるくらいなんだからね
それからつゆを使うんだよ
おおっと待った!それじゃ蕎麦つゆを入れすぎですよ
徳利からお猪口には、ほんの少し注ぐんだよ
最初に全部入れちゃったらどんどん薄まってしまうじゃないか
そうそう、底が浸るくらいの量でいいんですよ
あーあー、蕎麦はそんなに沢山箸でつまむものじゃないよ
四、五本くらいにしないと一口で食べきれないじゃないか
それに濃いつゆなんだから、そんなにお蕎麦じゃぶじゃぶと浸したらダメですよ
端の方をちょこっと浸けてね、それから啜るんですよ
それにね、蕎麦は猪口から迎えに行くんですよ
そんなに高く持ち上げてフラフラさせてないで、少ない本数を持ち上げたら猪口で迎えに行く
ほら、そうしてみると蕎麦をたぐり寄せてる動きになるでしょ
だから蕎麦は手繰るって言うんですよ
どうしたんだい?そんなに静かに食べて
なに?音が恥ずかしい
ダメダメ、蕎麦は威勢よく吸い込んで、空気をふくませんるんですよ
そうして香りを立たせて、蕎麦や鰹節の風味を楽しむんだから
こりゃ枕崎かなあ、いい鰹節だねえ
それにね、蕎麦屋の長っちりは野暮ですよ
お銚子を一本に、焼き海苔とかまぼこ
そしてせいろを手繰って帰る
だからゆっくりと食べないで、蕎麦はささっと啜るというわけなんですからね
ここは良い蕎麦屋だねえ
気に入った!皆で贔屓にしようじゃないか
また来ようとは言ってもね
信州信濃の新そばよりも、わたしゃあなたのそばがいい、てね
わはははは
誰も一緒に行ってくれなくなります。
ですが、自分の中にこだわりを持つというのは悪いことではありませんね。
むしろ良いことです。
「こうして蕎麦を食べる方が自分は好きで、とても美味しく感じる」
好きなものというのは自然に出てくるかもしれませんが、さらに好きの深みにはまり込むには、ただただ待っていても良くありません。
一体どの部分が好きなのか?
どうすればもっと楽しめるのか?
どうやればもっと学べるのか?
また野暮なことはしたくない粋でありたい。というのもこだわりに繋がってきます。
その思いは自分の行動を律しますので、その人のスタイルというものが出来上がります。
そしてそのスタイルで生活していれば、物事の結果というものがついてくる。
その物事の結果には、今度は人がついてくることになりますので、こだわりというものも良いものですね。
私の音楽も蕎麦のこだわりくらい強いこだわりを持って、そうして野暮なことはせずに粋でありたいものです。
益田英生