アーティストや制作者 の意図をそのまま伝える“TRUE SOUND”を体現するイヤホンとして、ヤマハが展開している完全ワイヤレスイヤホン のシリーズ「TW-E3B」「TW-E5B」「TW-E7B」。今回、本シリーズの商品開発に携わったヤマハのデザイナー2名と商品企画担当 1名にインタビューを実施。開発の舞台裏から感じられる、ヤマハのデザイン哲学とは?
ヤマハの完全ワイヤレスイヤホン
インタビューしたメンバー
柏瀬 一輝(かしわせ かずき)
ヤマハ株式会社デザイン研究所フロンティアデザイングループ
製品のデザインの他、コンセプトモデルと呼ばれる、先進的なデザイン開発や、大学と連携した研究活動、産官学連携プログラムなどに関わる仕事を担当。ヤマハ発動機とのコラボレーション“project AH A MAY”では“√ (Root)”をデザイン。ヤマハに入って今年で12年目。
大塚 生奈(おおつか せな)
ヤマハ株式会社デザイン研究所プロダクトデザイングループ
楽器やPA機器、オーディオ機器など、さまざま製品を担当。これまでの代表的な仕事としては、スピーカーを内蔵したミニキーボードシリーズ「PSS 」や、生活空間に馴染むデザインのポータブルキーボードシリーズ「PSR-E360 」。ヤマハに入って、今年で7年目。
有田 光希(ありた みつき)
ヤマハ株式会社ホームオーディオ事業部HS開発部HP・EPグループ
商品企画担当として、製品開発のプロジェクトに携わる。社内のデザイナーやエンジニアと連携しながら、商品ターゲットやコンセプトを商品に 落とし込んでいくのがおもな仕事。
ワイヤレスイヤホン 「TW-E3B」「TW-E5B」「TW-E7B」のデザインプロセスとは?
完全ワイヤレス イヤホンのBシリーズ。手前から「TW-E3B」「TW-E5B」「TW-E7B」
ーそれでは、ヤマハの完全ワイヤレスイヤホン 「TW-E3B」「TW-E5B」「TW-E7B」のデザインプロセスについておうかがいします。まずは、商品企画がはじまった経緯をお聞かせいただけますか?
有田
この3つの商品は、ヤマハが展開する完全ワイヤレスイヤホン「TWS(True Wireless Stereo)」のシリーズとして、以前発表していたモデルをアップデートしたものです。「TW-E3B」は2020年の11月に発売。「TW-E5B」は今年2022年3月に、「E7B」は6月に発売されました。ナンバリングが大きいほど、音質・機能が高くなっています。
ー前シリーズのアップデートにあたって、まずはどのような議論をされたのでしょうか?
有田
ヤマハにとっては、まだ完全ワイヤレスイヤホン の展開ははじまったばかりのため、前シリーズをアップデートする中で、よりブランドとして認知拡大していくことを目標に考えました。また、製品を通じてヤマハが追求するTRUE SOUNDを表現し、幅広い層のユーザーにヤマハのオーディオ製品の機能や音質を知っていただくために、2世代目 となるBシリーズでは 、異なる3つのコンセプトをモデルごとに設定した上で開発しています。
「TW-E3B」は、はじめて完全ワイヤレスイヤホン を使う方をターゲットに、必要な機能を盛り込みつつ、手にとっていただきやすい 価格の商品として開発しました。「TW-E5B」はファッション性を追求したモデルで、機能性との両立を目指しています。「TW-E7B」は最上位機種として、ヤマハが考えるTRUE SOUNDに関心を持っていただけている方をターゲットに、オーディオ機器を開発してきたヤマハが誇る機能や音質を追求しました。
ーTRUE SOUNDについて解説いただけますか?
有田
アーティストや制作者 が意図したサウンドを忠実に再現することを目指し、ヤマハが長きにわたって追求してきたサウンドのことで、Bシリーズの発表にあたり「TRUE SOUND」としてあらためて打ち出しています。楽曲本来の魅力を伝えるために必要な音質を実現する要素として、「Tonal Balance」「Dynamics」「Sound Image」 の3つ を大切にしています。楽器づくりからプロオーディオ機器まで、音・音楽に関するすべてを手がけるヤマハだから実現できる音質だと思います。
耳にフィットする自然な装着感を生む楕円形
ーそれでは、デザインプロセスについてお聞きしていきます。「TW-E3B」は前シリーズのかたちを引き継いでいる印象ですが、どのような変更点がありますか?
柏瀬
機能面では前シリーズの改善という明確な目標があったので、僕らはデザイナーとして、それらをどのように形にしていくのかを考えました。前モデルのいいところを踏襲し、サイズを一回り小さくして、人間工学的な視点 から装着性の向上を図っています。
前シリーズよりサイズが一回り小さくなった「TW-E3B」
その後、同時に開発がスタートした「TW-E5B」と「TW-E7B」では、「TW-E3B」の上位機種としてデザインを刷新する必要がありました。ドライバーユニットや基盤、マイクなど、音質と機能性を向上させる上で、すべてを一体型の構造に収めるのには限界があったためです。
大塚
「TW-E3B」は、初代のAシリーズ 同様に丸いひとつの形の中にすべてが収まっている一体型の構造ですが、「TW-E5B」と「TW-E7B」では、耳の中に収まる内側の部分と外側の部分を分離させた、ふたつの構造からなるイヤホンとしてデザインしています。
「TW-E3B」(左)と「TW-E5B」(右)。
イヤピースを除く部分が一体型の「TW-E3B」に対して、「TW-E5B」では溝の入った内側の部分と外側の部分が分かれている。
内側の構造については、 長時間耳に入れていても痛くならないように、圧迫感を軽減する楕円形に仕上げ、対珠と呼ばれる耳の突起にフィットする溝を入れることで、耳から落ちにくくしています。装着感を高めるための形や溝の深さなどを検討するために、エンジニアと連携しながら3Dプリンターで数多くの試作品をつくりました。
3Dプリンターで制作されたモックアップ(試作品)の数々
ふたつの円からなるアイコニックなデザイン
ーイヤホンのルックを決定する外側のかたちは、「TW-E5B」と「TW-E7B」では大きく異なりますね。それぞれデザインの特徴 について教えてください。
大塚
「TW-E5B」のデザインでは、日常的な利用シーンをイメージしたファッション性の高さを目指し、「TW-E7B」では、ヤマハが目指す音を最も体現するモデルとしてデザインに特徴を持たせています。また、シリーズとしての共通性を出すために、どちらもふたつの円というアイコニックな造形言語を統一しています。
「TW-E7B」「TW-E5B」を形作るふたつの円
ーふたつの円からなるかたちのアイデアはどこから生まれたのでしょうか?
大塚
耳につけた時に自然に見える形を探る中で、もっとも耳に似ている形状がふたつの円なんじゃないかと思ったんです。私がデザインを担当した「TW-E5B」では、ふたつの円をなだらかに組み合わせて、耳に触れる内側の部分が有機的な形 である一方、外側はすっきりと幾何学的にすることで、あえて差が生まれるようにしています。
また、「TW-E5B」は表面にテクスチャーが入っているのも特徴です。硬質樹脂のつるっとした質感ではなく、より耳に馴染む表面にできないかと試作を 重ね、表面に凹凸感を出すことで、自然な手触りに仕上げています。さまざまな模様のパターンを描き、溝の深さも検討を重ねました。
ふたつの円が重なった形と、外側のテクスチャが印象的な「TW-E5B」
表面に凹凸を加えるUVプリントの試作
ー「TW-E7B」についても教えてください。ふたつの円が組み合わさった、こちらも特徴的なデザインですね。
柏瀬
「TW-E7B」では、ふたつの円というシリーズ共通の造形言語を持たせつつ、音楽を聴く際の音の「出力」と、通話時におけるマイクからの音の「入力」という、ワイヤレスイヤホンの二大機能を象徴する形としてデザインしています。
音の入出力という二大機能をふたつの円で表現した「TW-E7B」
試行錯誤を重ねた、落ち着いた色調のカラーバリエーション
ーBシリーズはどれもカラーバリエーションが豊富で、落ち着いた色合いが特徴ですね。
有田
そうですね。Bシリーズはモデルごとにカラーバリエーションが異なるのもポイントで、どれもいい色に仕上がっていると思います。カジュアルに手に取っていただきたい「TW-E3B」では、前モデルで評価が高かった落ち着いた色合い踏襲しつつ、トレンドカラーを意識した6色展開にしています。
「TW-E3B」のカラーバリエーション
ー他のモデルのカラーリングについてはいかがですか?
大塚
「TW-E5B」では、 “大人の女性”をイメージしたカラーリングをしています。無彩色のブラックとグレイも、少しあたたかみを感じる色合いに調整していて、大人の女性がバッグ からすっと出した時にいいなと思えるようなカラーをイメージしています。スーツスタイルや革のバッグにも合うと思いますね。
ブルーは、カジュアルなスタイルに合わせやすいようにデニムをイメージしています。ボタンとロゴの指し色は、デニムのくすんだ真鍮ボタンです。ちなみに個人的に推しの色はブラウンで、ピンクっぽいこの色合いが出せるまで、かなり調整しました 。
日常使いのアイテムとしてのファッション性を目指した「TW-E5B」
柏瀬
「TW-E7B」は、定番色として外せないブラックとホワイトに加え、カフェでジャズなどの音楽を聴くようなイメージのダークブルーと、ナチュラルなイメージの生成(きなり)のような ベージュの4色展開です。ホワイトに関しても、真っ白だと逆に印象を強めてしまうので、グレーと合わせることで表情のある風合いに調整しています。
大塚
色合いを含めた仕上げの検討にあたっては、参考資料として、カメラといった他の種類の製品や雑貨など、 いろんなものを買い集めたりしましたね。机の上に並べて、イメージに近い素材がどれかを検討しました。
柏瀬
そうですね。実際にどんな色がいいかを考える上で、自分で色見本(カラーチップ)をつくって 検討を重ねました。塗料を調色したり、さまざま な塗料の吹き付け方を試してみたりして、「これだ」と思う色が再現できる方法を探っていきました。
デザイナーの柏瀬が塗装の色とテクスチャー の検討用に制作した色見本(カラーチップ )の数々
ー「TW-E7B」の表面のテクスチャはどのように制作しているんですか?
柏瀬
表情のある色を出したい時に、1色だけだとどうしても難しいので、2色使うことで複雑さが生まれるようにしています。大きい円の部分に 、艶感を変えた粒を乗せることで、ガジェットっぽい素材感のある仕上げにしています。楽器やオーディオのデザインではあまりやらない方法だったので、今回のためにいろいろと試行錯誤しました。
有田
あと、商品企画側のリクエストとして、ケースをコンパクトにしてほしい というのは大きかったですね。特にファッション性を追求したかった 「TW-E5B」に関しては、小さなバッグで出かける女性にも選んでいただけるように、ケースの幅の薄さを優先してデザインしてもらっています。バッグの内ポケットにも収まるような形状で、持った時に感じるカーブ具合がいいですよね。
大塚
飯盒 (はんごう)が少し湾曲したような、あまり 見たことない形になりましたね。充電ケースとしてのバッテリーの持ちを考えると、なかなか小さくするのが難しいんですが、できるだけスリムに、手に持った時に馴染み、ケースの蓋を開けるときの所作まで美しく見えるような形状を目指しました。
「TW-E5B」のケースはバッグへの収まりのよさを意識したスリムな形状にデザインされている
ーこだわりを実現するにあたっての苦労はありましたか?
有田
音質を向上したいというエンジニアの気持ちと、身につけるものとしてコンパクト にしたいデザイナーの要求はトレードオフになってしまうので、商品としての着地点を見つける中で気を揉む場面はありましたね。もともとのターゲット顧客やコンセプトからずれないようにメンバーと議論しながら、できる限りデザイナーの提案を取り入れる方法を模索していきました。
大塚
デザイナーとしては、どうしても質を上げるために「ここはやりたいんです…… !」という気持ちが強くなってしまう場面もあるんですよね。コストの制約もある中で、有田さんに調整いただいた部分は大きかったです
ヤマハのデザイン哲学を表すエレメンタリズムとリズム感
ーBシリーズのデザインプロセスを振り返ってみていかがですか?
柏瀬
他の音響機材よりも、イヤホンのデザインではビジュアルにおける“水気”のようなものを効かせることに意識が向いていた気がします。楽器のデザインでも、オーディエンスにとって魅力的に映るシルエットを考えるので、そういった面はイヤホンにも共通するものを感じました。
大塚
私は今回はじめてイヤホンのデザインを担当しましたが、他の楽器や機材と同じ考え方で取り組んでいた気がしますね。製品のユーザーがどんな人なのかをイメージすることや、機能を形で表現することは、他のデザインにも共通する考え方だと思います。
ーヤマハらしさを感じるデザインの要素はなんだと思いますか?
大塚
ヤマハのデザインは 、ぎらぎらした感じがないというか、派手さはない 傾向にあると思います。デザイン研究所内で明文化されているわけではないんですが、ヤマハのデザイナーとして仕事をしていく中で、自然と“ ヤマハっぽさ”のような感覚を持ってデザインしている気がします。
柏瀬
ヤマハには、演奏者や使い手が主体であるという考え方が根底にあるので、 たとえば楽器のデザインの場合、製品そのものでは完結せず、演奏者の存在によってはじめて完成するものだと考えています。 すべて製品において、デザインそのものが主張することはないように心がけていますね。
また、ヤマハのデザインフィロソフィーとは別に、デザイン研究 内で 「エレメンタリズム」という言葉を使うことがあります。これは、バイクや楽器、音響機器など、すべては一つの塊ではなく、無数のパーツが寄り集まる ことによってひとつの群をなしていることを、デザインで表現するということを意味しています 。
大塚
そうですね。1個の箱の中にすべてを入れてしまうのではなく、音を鳴らす部分や持ち手など、それぞれの役割や機能を理解して使っていただけることを意識してデザインしています。
柏瀬
「TW-E7B」においても、イヤホンをひとつの塊としてデザインするのではなく、マイクとスピーカーというふたつのエレメントをデザインで表現しています。その際に、それぞれの造形をテンポよくレイアウトするというか、リズムを意識しながら配置しています。
大塚
リズム感については、ロゴのレイアウトにも言えると思います。「TW-E5B」のロゴも、真ん中ではなくて、あえて端に置いているんです。
柏瀬
そうですね。真ん中に置くと“止まった感じ”になってしまうので、ずらすことによってリズムが生まれます。
ほかにも、「偽りのない素材による異素材の共存による多様性の表現」という考え方もあって。たとえば、樹脂にメッキを施すことで金属っぽくみせるのではなく、実際に金属を使用することで、“本物”であることを 表現しています。「TW-E7B」では、ヤマハの音響技術が目指すTRUE SOUNDを体現するデザインとして、素材のイミテーションはやりたくなかったので、外側の小さい円にも実際にアルミを使用しています。素材を変えることによって、質感の差によるリズムがまた生まれるんです。
「TW-E7B」の小さな円にもアルミ材を使用することで、”本物”であることを表現
ー最後に、すでにBシリーズを使用中の方々や、この記事をきっかけに手に取ってもらえる方々に向けて、どんなところに注目してほしい か一言ずついただければと思います。
有田
冒頭で述べましたように、モデルごとに異なるコンセプトを設定して開発を行なってきました。ぜひ3製品とも見比べていただき、ご自身のお気に入りの製品を探してもらえたらと思います。
大塚
どんなファッションやライフスタイルに合うかなと想像しながら、ロゴやボタンの微妙な色やテクスチャにこだわりました。日常のいろいろなシーンで、音楽を楽しむお供にしていただけたら嬉しいです。
柏瀬
耳だけでなく、指先でもヤマハのイヤホンを楽しんでいただけたら嬉しいです。
写真:寺島由里佳 取材・文・編集:堀合俊博(a small good publishing)