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音楽劇やミュージカルなどの舞台を手話通訳する人

オトノ仕事人/舞台手話通訳者 田中結夏さん

舞台上では、せりふや歌だけでなく目には見えない「音」がいくつも生まれている。それらを手話という言語に通訳し、観客に届ける仕事がある。「舞台手話通訳」だ。
ミュージカルや演劇、音楽劇などの舞台芸術を支えるこの仕事について、文化芸術専門の手話通訳者である田中結夏さんに話を聞いた。

せりふも歌も効果音も、手話で届ける

「演劇だけでなく、オペラを手話通訳する方もいらっしゃるんですよ」
そう教えてくれたのは、数多くの舞台作品で手話通訳を務める田中結夏さん。
「舞台手話通訳」と言っても、舞台上での通訳スタイルは大きく分けてふたつあり、舞台端に立ち位置を固定し通訳する「額縁型」と、役者とともに舞台上を動きながら通訳する「内包型」に分けられる。
「どちらかというと額縁型が主流かもしれません。手話通訳が導入される回数が限られている公演の場合、通訳有り・無しの回、どちらにも対応できるようにする傾向にあります。内包型の通訳として座組に加わる場合は、私の動き方によって役者さんの動線などが変わる可能性があるので、より綿密に事前のやり取りや打ち合わせを行います」
オファーを受けてから本番までの流れも独特だ。
「まず、額縁型・内包型どちらの通訳スタイルなのかを確定したうえで、できる限り実際に公演会場へ伺って劇場を確認します。特に額縁型では客席から舞台と手話通訳が同時に見やすい位置を確認するためにも重要な作業です」
準備が整うと、役者と同じ台本を受け取り、日本語のせりふを手話に翻訳する作業を1週間から2週間かけて行う。その後、約1~2か月かけて稽古を重ねながら、ろう者の手話監修者やろう者モニターと共に翻訳・手話表現を試行錯誤していく。
「稽古に入ったら、まずは見学から始めます。1週間ほど見学して、立ち稽古、通し稽古へと進んでいきます。稽古中は客観的に舞台全体と、役者一人ひとりを見ることも大切です。『この瞬間、この人はどういう表情をしているのか。どんな芝居をしているのか』を客観視して、それを通訳に反映していきます」
役者たちの演技を見ながら、手話翻訳が適切かどうかを細かく確認していくのである。
「自分のイメージと、稽古場での演技が異なることもあります。台本上では悲しそうだと思っていたシーンでも、役者さんが笑いながらせりふを言っていたら、その演技に合うように手話を修正します」
中でも難しいのが歌の翻訳だという。ミュージカル『アニー』の手話通訳を手がけた際は、20曲近いナンバーすべてを翻訳した。
「日本語と日本手話の文法は違いますから、手話の文法を崩さずに日本語の歌のリズムや雰囲気、メッセージを届けられるよう、それぞれの曲に合わせていかなければなりません。リズムに合わせた単語の羅列に感じられないようにするのがとても時間のかかる作業です。ロングトーンやテンポ感、音の強弱なども考慮しながら手話表現を探っていきます」
今夏に携わった、古典演目を現代演劇として再構築する「木ノ下歌舞伎」の『心中天の網島』では古語や義太夫の翻訳に挑戦した。江戸時代を舞台にした場面では、現代の手話表現をそのまま使うわけにはいかない。
「たとえば、せりふに登場する『起請文』は時代背景に合わせて翻訳しました。その場合、現代の手話なら郵便マークを連想するような表現になるのですが、江戸時代にポストはありません。ですから手話監修者と相談し、『筆で紙に書き、折って渡す』という手話に変えました」

舞台『木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版』

今年上演された舞台『木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版』に舞台手話通訳として出演。内包型なので登場するコーラス部隊のひとりとして演劇の中に入り、せりふや歌や効果音を通訳している。
撮影:田中亜紀 写真提供:まつもと市民芸術館

手話と演劇、ふたつの「好き」がつながった場所

せりふを手話に翻訳するだけでなく、舞台に立つ役者の演技や歌のニュアンスも乗せながら通訳する。
「私自身が演技を学んできた経験が支えになっていると思います。このシーンでは絶対に動いてはいけない。この瞬間に手を動かすと私に余計な注目が集まってしまう……といった感覚的な部分を知っていることは、ひとつの強みかもしれません」
演劇への理解と手話への情熱、両方を併せ持つ田中さんだが、このふたつが結びついたのは舞台俳優を目指して演劇学校に通っていた頃の出会いがきっかけだった。
「同級生にろう者の方がいて、いつも手話通訳の方と一緒に授業を受けていたんです。そのときに、手話はなんて魅力的な言語なんだろうと。授業をそっちのけで手話通訳の方をずっと見ていました(笑)。その同級生の方の人柄も手話もとても魅力的だったんです。だから、同じ言語を話せるようになりたい!と手話を学び始めました」
もともと演劇やミュージカルが好きで、手話を本格的に学びたいという田中さんに、ある依頼が舞い込んだ。
「在学中に、ろう者と聴者が一緒に作る舞台の演出助手をやってみないかと声をかけていただいたんです。当時はろう者と手話で演劇を作る現場に関わりたかった。照明や舞台監督、制作、何でもやります!という思いで依頼を受けて演劇学校を中退。これをチャンスにと現場に飛び込みました。それが舞台と手話を掛け合わせた道への第一歩です」
幼い頃にヤマハ音楽教室でエレクトーンとピアノに親しんできた経験も仕事に生かされているようだ。
「音楽の楽しさや成功体験を積み重ねることができた大切な場所です。『音楽は楽しい』という実体験があったからこそ、ミュージカルに興味がわきました。ミュージカルが好き!ミュージカルに出たい!そんな思いから俳優を目指し、そして今はミュージカルや音楽劇を手話通訳している。すべてがつながっている感じがします」

現在、田中さんが目を向けているのは日本における舞台手話通訳の広がりだ。すでに根づいているイギリスでは、年間およそ1,000本の公演に手話通訳が付くという。一方、日本では年間50から100本ほど。文化庁の新進芸術家海外研修制度でロンドンに留学した際、その現状を肌で感じた。
「まずはたくさんの作品、たくさんのジャンルに舞台手話通訳が付いて、より多くのお客様がさまざまな作品に足を運べるようにしていきたいです」
舞台のアクセシビリティは手話通訳だけでなく字幕タブレット貸出、音声ガイドなど多岐にわたる。
「お客様一人ひとりにご自身に合ったものを選んでいただけるよう、劇場アクセシビリティの選択肢を増やすこともひとつの目標です」

印象に残っている言葉がある。
「ご両親がろう者でお子さんは聴者というご家族から、手話通訳が付いた舞台を観劇したことで、帰り道に『あのシーン面白かったね』と親子で語り合えました……と。それを聞いたときは本当に嬉しかった。みんなで同じ観劇体験ができるって幸せなことですもんね」
今日も田中さんは、ろう者・難聴者の観客と舞台の上で生まれる物語に、静かに、そしてしっかりと橋を架けている。

田中結夏さん

田中さんは文化芸術の創造・鑑賞を専門とした手話通訳事業を「となりのきのこ」として活動中。
活動内容などについてはウェブサイトをご覧ください。

文/ 高内優
photo/ 坂本ようこ(1、3枚目)

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2026.09.17
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