
2025年5月、ベルギーのブリュッセルで開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクールで第2位に輝き、注目を集めているピアニストの久末航さん。ピアノと出会った幼少のころの思い出、音楽への想いなどを語っていただいた。
Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?
子どものころ繰り返し聴いていたのは、モーツァルトの『トルコ行進曲』。自分で弾いてみたくなって、ピアノを習い始めました。そういう意味で、とても大切な曲です。和声のエキゾチックな展開、太鼓の音が聴こえてくるようなリズム感、右手のヴィルトゥオーソ※的な動きなど、さまざまな場面が目に浮かんで、子ども心に「かっこいいな」と惹かれたのだと思います。5歳くらいでしたが、楽譜を買ってもらって自分なりに弾いていたようです。
ドイツに留学したばかりのころよく聴いたのは、メシアンの『幼子イエスに注ぐ20の眼差し』。師事していたギレアド・ミショリ先生の影響で、近現代作品に興味が湧き始め、メシアンのこの作品に出会って衝撃を受けました。こんな音楽の世界があるのかと、新しい扉が開かれたように感じたのです。何曲か演奏していますが、いつか全曲弾けるといいなと思います。
※音楽演奏の名人のことをさすイタリア語
Q2.久末さんにとって「音」や「音楽」とは?
「音」というと、自分たちが話す言葉も「音」ですが、やはりいつも不思議だなと思うのは、「音楽」というのは、言葉で伝えきれないものを伝えられることです。奏者としても、聴衆のひとりとしてもそう感じる瞬間がよくあります。目が覚めるような演奏に触れると、前向きなパワーをもらえたり、言葉では到達できない心の機微を感じたり、音楽ってすごいなと思います。演奏する立場でそれを実感するのは、やはり舞台の上です。お客さまに聴いていただきながら、自分自身の心の奥底に潜り込んで、日常生活では気づかなかった感情に気づくこともあります。音楽って目に見えなくて、時間とともに過ぎ去ってしまう芸術なので、自分の想いをメッセージとして届けることの難しさ、脆さ、儚さも実感していますが、だからこそ価値があるのだと思います。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?
「音を自由自在に操れる人」でしょうか。楽器を問わず、そういう人は世界でも少ないと思います。ピアノは打弦楽器なので、バイオリンや声楽のように音を横につなげて歌うのが難しい。レガートは、すべてのピアニストにとって大きなテーマだと思います。人の声のようなレガートが生み出せる人、いろいろな音を手中に収めている人が、音で遊べる人なのかなと思います。
自分自身が「音と戯れている」と感じるのは、ひとりで弾いているときではなく、室内楽を演奏しているときです。相手とのやりとりで、自ずと「遊び」が生じますよね。「そうきたか」とびっくりしたり、逆に「こういったら、どうする?」と問いかけたり、そういう音楽を通した会話ができたときは楽しいですね。
もうひとつ、「音」が鳴っていない空間や時間も、「音」が鳴っている時間と同じくらい、もしくはそれ以上に大切だと思います。音が立ちあらわれる瞬間、消え去っていく瞬間、全くなくなった瞬間、そのすべてに耳を傾けて音楽として届けられる人は素晴らしいと思います。
Q4.楽器や音楽をやっていてよかったことは何ですか?
音楽をやっていなければ出会えなかったような人たちとの出会いに恵まれることです。それは、同じ音楽家の方との出会いだったり、お客さまとの出会いだったり、恩師との出会いだったり。多くの出会いから得たものは、かけがえのない財産だと思っています。
最近で言うと、エリザベート王妃国際音楽コンクールの受賞をきっかけに、いろいろな場所でコンサートの機会をいただき、今まで行ったことのない国や地域に足を運び、会ったことのない人たちと音楽をとおして触れ合うという貴重な経験をしています。これは本当に幸せなことだと思っています。
久末航〔ひさすえ・わたる〕
滋賀県出身。ベルリン在住。辰巳晴生・美行、村上久仁子、故・田隅靖子各氏の指導を受け、フライブルク音楽大学、パリ国立高等音楽院、ベルリン芸術大学にて研鑽を積み、それぞれ最優秀の成績をもって修了。G.ミショリ、E.シュトロッセ、P.ドヴァイヨン、K.ヘルヴィヒ各氏に師事。2025年、世界三大コンクールのひとつ、エリザベート王妃国際音楽コンクールで日本人史上最高位の第2位を受賞。国際的に大きな話題を集め、同年12月にはサントリーホールでの凱旋リサイタルを成功させた。
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