
クラブカルチャーから誕生したVJという仕事は、いまや音楽体験を形づくるためにも欠かせない存在となった。1990年代後半にVJ DEVICEGIRLSとしてのキャリアをスタートさせ、現在はグラフィックデザイナーや映像演出の分野でも活躍する和田一基さんにVJの変遷と現在地を聞いた。
音楽を「聴くもの」から「その場でしか体験できないもの」へ
「VJ」はもともと「ビデオジョッキー」を指す言葉だ。DJが音を選び、つないで、場の空気をつくるように、VJは映像をリアルタイムで操作し、音楽と一体となって空間を演出する。クラブカルチャーの中で生まれたこの役割は、当初はあくまでも補助的なものと見なされることも多かった。しかし現在、ライブやコンサート、大規模な音楽フェスなどにおいて映像演出は大役を担っているとも言える。音楽を「聴くもの」から「その場でしか体験できないもの」へと昇華させるのだ。役割が変化する過程で、VJは「ビジュアルジョッキー」としてその存在の意味を更新し続けている。
「フロアや会場の空気を読み取りつつ、ビジュアル面をつかさどるといったイメージでしょうか。機材と技術の進化も相まって大きく変わり、役割を広げながら成長してきた存在だと思います」
和田さんが活動を始めた1990年代後半は、映像を扱うこと自体が容易ではなかった。
「操作する機材もすごく大きくて、記録媒体はVHSテープが中心でした。パソコンで作ったデータを録画したテープを何百本とクラブに持っていく。再生デッキも4台くらい用意して、プレイ中は手を止めることなく入れ替えを繰り返すんです。本当に手間がかかりました」
VJの定義も方法論も確立していなかった黎明期はあらゆることに試行錯誤を繰り返した。今ならノートパソコン1台で完結する作業も、当時は物理的な労力と準備を伴った。
その中で常に大切にしてきたのは、素材を自らの手で作ること。幼いころから漫画家や映画監督を夢に見たり、自分でコマ撮りした画像をつなげて映像作品に仕上げたり。ものを一から作ることが好きだった。
「VJとして活動し始めた当初から、既製の素材を並べるだけではおもしろくないよなと。自分で作り出したもので表現したかったんです。そこには、どうやって作ったの?と観る人を驚かせたい気持ちもありました」

観客から「高熱の日に見る夢みたいだ」と評される映像には、どこか現実感を揺さぶる質感がある。
「そんなつもりはなかったんですけど、言われてみると確かに少し毒っぽい部分が含まれているのかな。そうした要素を求められることもありますし、結果として僕の個性になっているのかもしれません」
VJとしてのキャリアを重ねる一方で、大学時代の仲間とLAPTHOD(ラプソッド)という会社を立ち上げ、公演の映像演出そのものを担う機会も増えていった。ただ、そこで求められる視点はVJとは大きく異なるという。
「映像演出の仕事は、チームがあり、役割があるもの。僕ひとりでは成立しませんから、全体を客観的に俯瞰する必要があります。例えるならプレーヤーというよりオーケストレーションに入る感覚ですね。VJが主観的な映画監督だとしたら、映像演出は客観的なデザイナーという感じで、思考を切り替えています。デザイナーであれば例えば“飲みやすいコップの形”を考えますよね。同じように演出の場合は、どうすればお客さんが気持ちよく空間を楽しめるかを判断基準にしています」

2025年11月に行われた電気グルーヴ「へびツアー」より
ライブという場の増幅装置でありたい
この2つの視点、VJと映像演出の両者を行き来する姿勢は、25年にわたって携わる電気グルーヴのライブで研ぎ澄まされてきた。
「電気グルーヴのライブでは通常のVJに、大きな場所でたくさんの方々と一緒に仕事をしながら学んだ客観的な視点を集約して、自分なりにアウトプットする。そうやって昇華させた経験をまた別の場所で生かす……みたいな、クロスオーバー的な発想になっている気もします」
主観と客観を往復しながら、ステージ全体をひとつの流れとしてとらえる。その視点は、本番だけでなく、準備段階から求められるものだ。映像面をほぼ一任されている電気グルーヴのライブツアーで最初に共有されるのはツアータイトルやキービジュアル。それを受け取ったところがスタート地点である。
「出来上がったビジュアル素材を確認しながら、今回はどんなツアーかな……とまずは想像するんです」

2025年11月に行われた電気グルーヴ「へびツアー」より
観客がまだ目にしていない世界を先回りして組み立てながら、楽曲が出そろうにつれ、どの瞬間に何を提示するかを再構築していく。そうして、いざライブが始まれば即興性も問われる。あらかじめ用意した素材だけでなく、その日のカメラ映像を取り込み、その場で組み替えることもある。メンバーの動きや照明、観客の反応など複数の情報を同時に受け取りながら、自分なりの最適な判断を重ねていく。
「ライブ中はその場の空気を読みながらVJとしてプレイしている感覚が強いです。ただ、演出担当としては流れを崩さないことを常に意識して、ちょっとトゥーマッチだなと感じた場合は潔く映像をオフにすることもあります」
自由度が高いからこそ、主観で入り込むと同時に客観的に全体を俯瞰する。その両立がこの現場では求められる。
「電気グルーヴのライブは、映像がなくても100パーセント楽しいと思うんです。でも、そこに僕の映像が加わることで130パーセントに上乗せできるなら嬉しい。ライブという場の増幅装置でありたいんです」

ステージ正面後方に設えられたVJ用のブースでプレイする和田さん。曲に合わせながら映像素材の切り替えや、取り込んだ映像とのミックスなどを操作する。
積み重ねた知識や経験を元にした豊富な引き出しがプレイを支える
生で体感することの喜びを、より豊かに、より鮮明に伝えるために、流動的なステージと向き合い、その場で自分なりの最適解を選択する。瞬発力が必要な第一線で長く活動できている理由は、技巧や機材知識だけではなく、判断を支える引き出しの多さにある。それを裏付けるのは美大受験のための浪人時代の経験だ。
「当時は引け目もあったし、つらかったですね。でも、その時期に先輩や同期と一緒にいろんなものを見て、たくさんの音楽を聴いて、あちこちに出かけた経験が今すごく生きています。だから、つらくても何もせず終わらせないでよかったなって。あの時間を経たことで、今の自分になれたんだろうなと実感しています」
知識や経験は即効性の武器ではなく、後になって効いてくるもの。VJという仕事は、華やかな印象とは裏腹に持久力を要するものなのだ。
「細かくて地道な作業が多いし、根気も必要だし、大変と言えば大変かな……。大好きでも続けられず辞めてしまう人もいますしね」
実際、和田さんと同時期に始めたVJの幾人かは現場を離れたと聞く。それでもなお和田さんが続けている理由は?
「おもしろいから。シンプルですけど、これに尽きます」
VJという存在が生まれて数十年が過ぎようとしているが、いまだ統一された定義はない。だからこそ、形式に縛られず、自由に在り方を変えていく。VJという仕事はおそらく完成形をもたず、これから先も時代とともに変化しながら成熟していくのだろう。

Q.好きな音楽のジャンルはありますか?
ダンスミュージックはもちろん、ロックもパンクもハードコアも聴きますし、ジャンルにこだわりはありませんが、あえて言うなら“踊れる”かどうか。だから、クラシックにしても『剣の舞』みたいなビートを感じられるものが好きですね。自然と乗せられて小躍りしちゃう、みたいな音楽が大好きです。
Q.印象的なライブはありますか?
手前みそですけど、2021年のFUJI ROCK FESTIVALにヘッドライナーで出演した電気グルーヴのステージです。コロナ禍での開催延期などを経たからか、いろんな気持ちが押し寄せてきちゃって。制約が残る中でもたくさんのお客さんが会場に足を運んでくれたのを目にして、「この場所にいる人たちのために頑張ろう」ってより強く思えたんですよね。みんなの想いがひとつになった、忘れられないステージです。
Q.座右の銘はありますか?
記憶に残る言葉という意味では、昔、石野卓球さんに言われた「代わりが効かなくなったよね」かな。それ以来、電気グルーヴに限らずどんな仕事であれ、代わりが効かない存在になれたらいいなと。言ったご本人はおそらく覚えてないですけどね(笑)。でも、ものすごく嬉しかった言葉だから、大切に一生持って行こうと思います。
Q.熱中していることはありますか?
若手DJたちと立ち上げた「FLASH 4KICK(フラッシュ・フォーキック)」というクラブイベントですね。四つ打ちに特化したイベントで、フライヤーなどのデザインやアート面も僕が担当しています。全部を自分でやるDIY精神で、数十年前のキャリアスタート当時に戻ったみたいで新鮮です。原点回帰というと大げさですが、新しい刺激をもらえる楽しい現場です。
Q.休みの日はどのように過ごされていますか?
大好きな人たちと会います。普段は室内にこもっての一人作業なので、その反動があるのかもしれません。人と会ったり、誰かと出かけたり、ホームパーティーを開いたり、好きな人たちと一緒の時間を過ごすことが多いですね。
![]() |
![]() |
本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

