
映画やアニメ、ドラマのサウンドトラックアルバムの裏側には、楽曲の選定から構成、タイトル付けまでを手がける専門家がいる。その仕事を「サウンドトラックアルバム構成作家」と名付け、第一人者として活動するのが腹巻猫さんだ。興味深い仕事への取り組み方とその魅力を聞いた。
サントラの構成は音楽と映像を丹念に読み解く作業
「サウンドトラックアルバム構成作家」という肩書きを聞いて、すぐにその仕事内容を思い浮かべられる人はいないのではないだろうか。映画やアニメ、ドラマの音楽を愛する人々にとって、サウンドトラックアルバム(以下サントラ)は作品の世界観を音楽で追体験できる貴重なアイテムだ。しかしその一方で、収録楽曲の選定や構成、タイトル付けなどを手がける専門家がいることはほとんど知られていない。腹巻猫さんは、この「サウンドトラックアルバム構成作家」を独自の肩書きとして名乗る、おそらく日本でただひとりの人物である。
もともとはライターとして、映画音楽やドラマ、アニメの音楽に関する記事を執筆し、作曲家や音楽制作スタッフへのインタビューを数多く行ってきた。しかし2000年ごろから、CD付属の解説書(ライナーノーツ)が簡略化され、テキスト執筆の仕事は徐々に減少したという。
「サントラ解説が簡略化されて、解説文章を書く機会が少なくなってきたんです。その代わり構成を担当する仕事が増えました。今は配信のアルバム作品も多いので、解説文の執筆はなし、構成のみという依頼が仕事の半分くらいになっています。そうなると、ライターという肩書きでは自分の仕事を全く説明できないなと」
こうした経緯から生まれたのが、現在の肩書きである。では、「サウンドトラックアルバム構成作家」とは具体的にどんな仕事なのか。まず手元に届くのは、サントラの元となる音源データだ。ただしこの段階では楽曲に固有の曲名は付いていない。「M1」「M2」といったナンバーが振られているだけで、それぞれの曲の内容はわからない。
「アルバムとして構成するためには、まずどんな曲であるかをすべて把握しなければいけませんから、音源を聴いてBGMリストを自作することから始めます。作品によっては音楽制作に関する記録やメモが残っていないこともあって、その場合はどういった意図で作られた曲かというところまで丹念に読み解きます」
続いて行うのが、映像作品における使用場面の調査だ。例えばアニメ『未来少年コナン』のサントラ『未来少年コナン総音楽集』に携わったときは、まず全26話を1話ずつ視聴しながら、どの曲がどの場面で使われているかをすべてリストアップした。

『未来少年コナン総音楽集』を氷川竜介氏と共同で手がけた際の工程を見せてくれた。まず劇伴の録音記録(左上)をもとに楽曲をリスト化。1話ずつどの曲がどんな場面で使われているかを調べ、楽曲ナンバー順にソートし、サントラに採用する楽曲と曲順と曲タイトルを決める(右上)。このアルバムの場合はジャケットのラフ画も手がけた(左下)。収録曲が使用された場面の写真を選んだり、インタビューを掲載するなど、ライナーノーツの構成も提案した(右下)。
「約30分×26話を見ながら、流れてきた曲を調べて一覧表にするんです。以前は手書きでしたが、今はExcelにデータとして打ち込んで、ナンバー順にソートし直す。そうすると、その曲がどこで使われていたかがリスト化されるので、どの場面がいちばん印象的かを考えながら曲名を決めていきます」
こうして、全楽曲の使われ方を把握して初めて、曲順の構成という核心的な作業に入る。
「やはり第1話、物語の導入部から曲を並べて、ストーリーに沿って進み、最後はクライマックスの曲で締めくくる。そうするとサントラを聴く人が物語を思い浮かべやすいし、そうした流れを求められているんじゃないかなと考えて組み立てます」
近年急増している配信アルバムについては課題も生まれてきた。一部のサブスクリプションサービスでは30秒以上再生されなければ再生回数にカウントされないため、短い楽曲は複数をまとめて1トラックとして構成する必要がある。

細部まで目を配り、全体像を思い描いて判断する
「続けて聴いたときに違和感がないこと、つながりが美しいことが大前提です。同じモチーフの曲、楽器やテンポが共通している曲、同じ場面で続けて使われた曲であればまとめやすい。あらゆることを考えながら最適なまとめ方を模索しています」
細かな部分まで目を配りつつ、全体像を思い描いて判断する。一筋縄ではいかない作業のように思えるが、この仕事に向いているのはどんな人なのだろうか。腹巻猫さんはずばり答える。
「サントラが好き。これが何よりですね。そして〝劇伴を並べて聴くことでひとつの世界が構築される〟というイメージを持っている人が望ましいかな。ロックバンドがコンセプトアルバムでひとつの世界観をつくるように、すでにある劇伴を最適に並べることで世界観をつくる。そういう想像ができる人でしょうか」
まさに腹巻猫さん自身がそういうタイプだった。高校から大学にかけてのアニメや特撮番組のサントラがレコードで発売されるようになった時代のこと。
「曲順に納得がいかないと、自分でカセットテープに録り直してマイ・サントラを作っていたんです。今やっていることと基本的には同じですよね」
笑ってそう話すように、少年時代の音楽への向き合い方がそのまま現在の仕事につながっている。そもそもサントラに魅了されたのは小学生の頃、『夕陽のガンマン』の音楽を耳にしたときだったという。
「日常のテレビや街中で流れているものとは全く違う音楽に衝撃を受けました」

腹巻猫さんの仕事場には携わった作品が並ぶ。特にアニメ作品が多いという。
その後も『猿の惑星』などをはじめ、サントラへの興味は尽きることなく広がり続けた。音楽を趣味として聴くかと尋ねれば、「趣味と仕事がどこまで分かれているのか、自分でも判断しづらい」と答える。それほど好きなことと仕事が地続きになっている人だ。
そんな腹巻猫さんが今回上梓したのが新著『劇伴音楽入門』。「劇伴という言葉を聞いたことはあるけれど、よくわからない」という人に向けた入門書である。そもそも劇伴とサウンドトラックはどう違うのか?
―本書はそんな素朴な疑問から丁寧に解きほぐし、1920年代から現在に至る歴史と作品における機能を描き出していく。読後には自然と「あの作品をもう一度観たい!」という気持ちになるだろう。
「劇伴にそれほど興味がないという知人が読んで、すごくおもしろかったと言ってくれたのが嬉しかったですね」
その言葉どおり、サントラを愛聴してきた人にとっても、劇伴を意識したことがなかった人にとっても、新鮮な発見が待っている。
■劇伴音楽入門

発売元:集英社インターナショナル
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