
2026年にデビュー55周年を迎えたイルカさん。その原点は、ジャズマンの父と過ごした時間や暮らしの中に常にあふれていた音楽にありました。
Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?
自分の人生の中で大きな存在となっている曲は『スターダスト/ホーギー・カーマイケル』です。子どものころ、母に連れられて父(ジャズバンド「スターダスターズ」のテナーサックス奏者、保坂俊雄さん)のライブに行くと、必ず演奏されていた曲です。演奏の途中、父だけが立ち上がってスポットライトを浴び、サックスのソロを吹く場面があるのですが、そのたびに私は客席でひそかに緊張していました。「パパ、間違えたらどうしよう?」と。ソロが終わると、周りのおじさんたちが「上手い!」と拍手を送ってくれるので、私はありがたい気持ちでその人たちにお辞儀をしていたことをよく覚えています。
『スターダスト』はあえて聴こうとしなくても、ふとした場所で流れてくることの多い曲です。耳にすると、やはりいい曲だなあとしみじみ感じ、どこか特別な気持ちになります。子どものころからずっと聴いてきた曲で、私にとっては家のテーマソングのような存在でした。
ジャズマンでありアレンジャーでもあった父は、2025年10月、97歳で逝去しました。家族葬では、父が手がけた楽曲を流しながら見送りました。きっと父も、どこかで喜んでくれていたのではないかと思っています。
Q2.イルカさんにとって「音」や「音楽」とは?
“ジャズ屋”の娘だった私は、音楽がない日はない環境で育ちました。魚屋さんや八百屋さんの子どもにとって、店の魚や野菜が身近であるのと同じように、音楽は特別なものではなく、家にあるのが当たり前の存在でした。母も音楽好きで、父が出かけるとレコードをかけて踊り出すほど。ラジオからも新しい曲が流れ、暮らしの中にはいつも音があふれていました。
親が聴く音楽にどっぷり浸かる日々でしたが、小学生のころに自ら夢中になったのが映画音楽です。三本立て映画を近所の年上のお姉さんと観に行き、『ティファニーで朝食を』や『ウエスト・サイド物語』など、弦楽器が豊かに響く音楽に強く惹かれました。そして中学1年生でザ・ビートルズに出会い、初めて自分の意思で音楽を選んだという感覚を持ちました。それは、親から与えられたものではなく、自分で発見した“マイジェネレーション”の音楽でした。
私はジャンルに関係なく、自分にフィットする音楽はすべて好き。静けささえ音楽の一部と捉えることがあり、鳥のさえずりや雨音の中にもメロディーを感じます。音楽は私にとって、呼吸のようにごく自然にあるものです。
Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?
ジョン・レノンです。初めてザ・ビートルズに出会ったとき、ただ歌うだけでなく、自分たちでつくった楽曲を歌っていることに魅力を感じました。なかでもジョン・レノンは音楽だけでなく絵を描き、エッセイを書くなど歌手という枠を超えて表現を広げた人でした。歌うだけでなく、曲をつくったり言葉を書いたりしてもいい──そんな自由な発想を教えてくれた存在であり、ミュージシャンとしての可能性を開いてくれた人だと思います。
私の曲づくりも、遊びから始まりました。幼いころ、父が書き損じた五線紙の裏に絵を描いて遊んでいたときのことです。「そこに言葉をつければ歌になるんだよ」と父がふと口にした言葉は今も忘れられません。そこで、見よう見まねで隣に寝ていた犬の歌をつくって父に聴かせると「いいね」とポツリ。その一言が「自分にも歌がつくれる」という自信につながりました。当時、歌づくりは遊びのひとつでした。そして、今も同じ気持ちで曲をつくっています。
Q4.楽器や音楽をやっていてよかったことは何ですか?
ひとりでいる時間が寂しくないことです。中学生のころは両親が忙しく、家でひとりになることも多かったのですが、寂しいと感じたことはありませんでした。時には早くひとりになって、好きな音楽を聴いたり曲をつくったりしたいと思っていたほどです。後に母から「当時は寂しい思いをさせたのでは」と手紙をもらいましたが、私にとっては音楽に集中できる幸せな時間でした。音楽があったからこそ、やりたいことが尽きなかったのです。
結婚後も同じで、ひとりで創作に没頭できるのは、夫が家を空けている時間でした。曲をつくるときは、普段はあえてアイデアが湧き出ないように抑え、ひとりになった瞬間に一気に形にするのが私のやり方です。どんなに疲れていても、その時間はとても幸せです。
ただ、子どもが生まれてからは少し状況が変わりました。そばに子どもがいても仕事ができるよう自分を鍛え、料理をしながらラブソングをつくることにも挑戦しました。実はラブソングは苦手だったのですが、子育てに追われる現実の自分とは離れた“恋多き女”を空想することで世界が広がり、それから次々に書けるようになったんです(笑)。音楽を続けてきたからこそ味わえた、楽しい体験でした。そして、出産をきっかけに少し強くなれたようにも感じています。

イルカ〔いるか〕
東京生まれ。女子美術大学に在学中からフォークグループを結成、シュリークスを経て、1974年ソロデビュー。翌75年『なごり雪』が大ヒットし、シンガーとしての地位を確立。2004年IUCN国際自然保護連合親善大使に就任。2012年からは「生物多様性」をテーマに着物のデザイン・手描き・染めを手掛けるなどさらに活動の幅を広げている。母親でもあるイルカは、自身の作品や活動を通じて「私達は皆、この地球という大きな生き物に住む細胞同志である」というメッセージを、HPやX等も活用し世代を超えた沢山の人々へ伝え続けている。2026年5月ヒストリー・ベストアルバム『IRUKA Go!Go!~55th Anniversary~』リリース。同年5月から全国ツアー「イルカ55周年コンサート~あいのたね♡まこう!~」開催。ラジオ「イルカのミュージックハーモニー」(ニッポン放送、毎週日曜朝7時~)放送中。
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