
伝統と現代を往来しながら、三味線の新しい魅力を世界に向けて発信する気鋭の演奏家、本條秀慈郎さん。「師匠や音楽家との出会いに導かれて今ここにいる」と語る秀慈郎さんに、その原点や大切にしていることを伺いました。
Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?
2曲あります。ひとつめはドイツ・グラモフォンがレコーディングした、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ演奏のショパン『バラード第1番』です。両親ともに音楽が好きで、子どものころは遊び感覚で同じ曲をさまざまなピアニストの演奏で聴き比べていました。そのなかでもとくに心を惹かれたのが、ミケランジェリの演奏。ほとんど聴こえないほど繊細な音や指ごとに異なるタッチ、光と影を思わせる陰影豊かな響きに胸を打たれました。三味線の「さわり」とピアノのペダルには共通点も多く、いつかこの曲をアレンジして三味線とピアノで演奏してみたいです。
2曲目は、B'zの『Calling』。冒頭と終盤でボーカルとギターが掛け合い、その間にバラードが挟まれる独特の構成に衝撃を受けました。中学時代はバンドブームで僕もギターに熱中し、洋楽にものめり込みましたが、日本のロックを松本孝弘さんから感じています。今でもこの2曲は、元気がほしいときに聴く大切な存在です。
Q2.秀慈郎さんにとって「音」や「音楽」とは?
期待をし、裏切られながらも「音楽」とは何かを模索している最中です。「音」や「音楽」は自然から生み出されるものと、人から何気なくポロっと出てしまう「うそぶき」が出発点になっているものがあり、それがやがて芸能や芸術に昇華していくのだと思っています。ですから、後者の場合「音楽」とは人間そのものの表れだと考えています。
理想の姿として思い浮かぶのが、師匠である本條秀太郎先生と二十五絃箏を生み出された二代目野坂操壽先生です。先生方の音楽には深い呼吸のような奥ゆかしさと、地球を包み込むような温かさや母性があり、さらに楽器の音を超える音があります。野坂先生はそれを「悠久の音」と表現され、本條先生は人格があるように「音格」があるとおっしゃっています。そんな音を一度でも出してみたい。今の僕にとって、それが「音」と「音楽」への憧れです。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?
3人の音楽家を思い浮かべます。まず、僕を一番音で遊ばせてくださったのは、間違いなく坂本龍一さんです。僕のニューヨーク公演に来てくださったことをきっかけに声をかけていただき、ピアノと三味線で即興を重ねてきました。最初のころは「秀慈郎さんは音楽の呪縛に囚われている」と言われたのですが、リハーサルを行わず本番で即興する姿勢に自分もアドレナリン爆発の状態になり、未知の扉を開けてくださる存在でした。アルバム『async』制作のときも、ご自宅のスタジオに呼ばれて即興演奏し、次の日には楽譜ができていて、「今、録音したから」と。それが『honj』として収録されました。
2人目は邦楽囃子の三代目堅田喜三久先生。大名手でありながら、ジャズまでも邦楽の囃子で演奏なされます。日本音楽において重要な「間」を自在に操り、鼓などシンプルな楽器だけで縦横無尽に演奏全体を導き、音の微細なニュアンスで音楽を彩られることに感銘を受けました。
そして3人目が、僕が勝手にメンターと感じさせていただいている作曲家・ピアニストの高橋悠治先生。具体的にはよくわからないのですが、バッハの曲は完成された作品ですが、演奏する過程によって“未完成”になってゆく。そうした可能性を提示する。演奏や作曲という行為そのものを自由へと解き放たれているように感じました。三味線の作品も数多く発表されています。
即興や「間」、無数の変化の中で音の可能性を広げていくその御三方の姿は、まさに「音遊人」だと感じています。
Q4.楽器や音楽をやっていてよかったことは何ですか?
それがあまり浮かばないんです。というのも、子どものころに始めたピアノ、中学時代のギター、高校の吹奏楽でのチューバなどどれも思うようにいかなかったからです。
そうした挫折や遠回りの末に出会ったのが三味線でした。うまくいかなかった時間も含め、すべてが今の演奏につながっていると感じています。三味線は、傷ついた経験や無駄だった時間に対して「そんなことないよ」と肩を軽く叩いてくれる存在であり、「よい感じに適当」であることがいかに重要かを教えてくれました。
元来、日本人はそうしたものを大切にしてきたのではないでしょうか。自然と向き合わなければいけない環境にあり、外から入ってきたものに対しても独自に取り込んで日本的な感性へと変えてきました。「適当」といったら語弊があるかもしれませんが、懐の深さをもってそれを肯定していく土俵がこの国にはあるように思います。それが日本文化のすごみであり、だからこそ成熟した芸能や芸術、音楽が生まれてきました。そうした精神を見つめ直しながら日本の文化に立ち返り、現代の表現のなかで新しい音楽を生み出していきたいです。
本條秀慈郎〔ほんじょう・ひでじろう〕
本條秀太郎に古典・現代音楽を師事。作曲家への委嘱を通じて、三味線作品の拡充に努めている。文化庁文化交流使として世界各国での演奏を通じて新作初演を行い、ニューヨーク・タイムズ紙やBBCラジオに取り上げられる。これまでにウィグモアホールやリンカーンセンターなどで演奏するほか、N響など国内外のオーケストラと共演多数。坂本龍一、藤倉大、一柳慧の作品演奏が話題を呼ぶ。芸術選奨文部科学大臣新人賞、文化庁芸術祭新人賞、出光音楽賞、京都青山音楽賞青山賞などを受賞。J-TRAD Ensemble MAHOROBA、Spice Quartet、淡座のメンバーとして活動。現在、桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。
J-TRAD Ensemble MAHOROBA オフィシャルサイト
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