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レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

カッティング・エンジニア

配信サービスで音楽を楽しむスタイルが一般的になる一方、今、再び注目を集めているアナログレコード。アメリカではレコードの売り上げ枚数がCDを上回るなど、世界的なブームが巻き起こっている。しかし、レコードがどうやって作られているのか知らない人も意外と多いのではないだろうか。
日本最大手のレコード製造工場、東洋化成株式会社でレコードの生命線ともいえる溝を刻むカッティング・エンジニア、手塚和巳さんにお話をうかがった。

音源の音量や音質を調整しつつ、無駄なくラッカー盤に刻む

現在、日本にあるレコード製造工場は3社。東洋化成株式会社は数年前までは日本唯一の、さらに遡ればアジア唯一のプレス工場として、アナログレコード文化を守り続けてきた。
レコードは音の振動を「音溝」と呼ばれる溝に記録したものだ。その溝にレコード針が触れると振動が起こり、それをカートリッジで電気信号に変換。さらにアンプで音を増幅させて音が鳴るしくみである。
そして、その音溝を刻むのがカッティング・エンジニア。現在、日本にはわずか10人足らずしかいない。手塚和巳さんは入社以来、50余年にわたって数多くのレコードを世に送り出してきた第一人者だ。
「お客様からいただいた音源を、歪みや変化を起こさないようラッカー盤に刻んでいくのがカッティング・エンジニアの仕事です」
スタジオなどで録音された音源は、かつてはアナログテープだったが、現在ではほとんどがWAVデータ(音声データ用の規格)で手塚さんのもとに届けられる。まずは音源を再生し、音量や音質をチェックしてコンソールで調整を行う。
レコードの回転数は33・1/3回転と45回転があり、大きさは直径30センチ、25センチ、17センチの3種類。これらの組み合わせによって入る容量は違ってくる。また、たとえば30センチのLP(ロングプレイ)盤の場合、溝が刻めるスペースは9センチ弱だが、ここに15分の音を刻むのと30分を刻むのとでは、溝の数は倍近く違う。レコードは溝の振幅が大きくなると音量が大きくなり、逆に振幅が小さくなると音量は小さくなる。
「どのくらいの音量でどんな音にしたらいいのか。この音作りがいちばん重要だと思います。歪まず、心地いい音になるよう調整しつつ、回転数と大きさに合わせたキャパシティに、100パーセントに近い状態で音を入れるようにしていきます」

実際に溝を刻むのは、相棒ともいえる機械の役目だ。重量感を増したレコードプレーヤーのような機械、カッティング・レースとその脇にあるカッター・ヘッドと呼ばれる部品が使われる。カッティング・レースには、アルミ製の円盤に樹脂を塗ったラッカー盤を設置。心臓部でもあるカッター・ヘッドに音信号が伝わるとサファイヤの針が振動し、ラッカー盤に溝を刻んでいく。その際の溝幅の設定も、カッティング・エンジニアの裁量で、その調整はミクロン単位である。溝を刻んだ後は、顕微鏡を使って細かくチェックする。
「こうして作った原盤は“ラッカーマスター”と呼ばれています。これにニッケルメッキを塗って剥がしたのが、溝部分が飛び出した“マスター”。“マスター”にもう一度メッキをして剥がしたものを“マザー”と呼んでいます。“マザー”の溝の形状はレコードと同じなので、これに針を落とします。金属なので音質はあまり確認できませんが、ノイズをチェックします。ここでノイズが出た場合は、再度カッティングからやり直すことがほとんどですね」
チェックをクリアした“マザー”にはさらにメッキを施して剥がす。こうして溝部分が山になったものが“スタンパー”。これを使って塩化ビニール樹脂をプレスし、ようやくアナログレコードが生まれる。

カッティング・エンジニア

振動とともにカッター・ヘッドにあるヒーター線(写真左)に電流を流し、熱を針先に伝えてラッカー盤に溝を削っていく仕組み。刻んだ溝は顕微鏡でチェック(写真右)。

カッティング・エンジニア

カッティングの心臓部であるカッティング・レースとカッター・ヘッド。

製作者とともにひとつのレコードを作り上げる喜び

「高校時代はビートルズなんかをよく聴いていましたね。10代のころ、レコードは本当にすばらしいものだと感じていました。そんな夢のあるレコードを作りたいと思って入社しました」
先輩からカッティング・エンジニアの仕事を一から学び、若いときには青ざめるような大失敗もあったと振り返る。50歳を過ぎたころ、ようやく、この仕事は自分に合っていることを実感したそうだ。
そんな手塚さんが、印象に残っている出来事がある。レコード・カッティングにはレコーディング・エンジニアやディレクター、アーティストらが立ち会うことがしばしばあった。(コロナ禍を機に現在は行われていない)
「カートリッジで聴かないとわからないこともあるので、テスト盤を作って聴いてもらい、リクエストがあればそれに応えます」

手塚和巳

その日、手塚さんのカッティング・ルームを訪れていたのは、ディレクターとレコーディング・エンジニア。依頼されたアルバムは、最後の5~6曲目で盛り上げて終わる構成だった。LP盤の場合、内側の円周は外側に比べて1/3ほど。レコードは、外側と内側の円周を同じ時間で回っているため、外側のほう、つまり一曲目がもっとも条件がいい。内側になるにつれて歪む率が高くなったり、高域が減衰したり。それを抑える調整をすると、今度は一曲目の音が小さいと感じてしまう。
「いろいろ話し合いました。その結果、内側(後半)に向かうにつれてバラード調の音楽になるよう変更され、全体の音量をアップすることができました。当初のプランとは異なるかたちとなりましたが、製作者の意図したものが完成したと思います」
レコーディング・エンジニアはひとりで行う仕事だ。責任も大きいが、裁量が委ねられ、ある程度自分の考えや感性に沿った仕事ができる。そして一方では、お客様とともにモノを作っていけることも醍醐味なのだという。

レコードの音は、しばしば温かみがあると評される。その理由としてさまざまな要因が言われているが、人間にとって心地よい音であることは間違いなさそうだ。デジタル化が進むほどに逆に際立つアナログの魅力を、手塚さんは追求し続けている。

Q.プライベートでもレコードを聴きますか?
A.若いころは、よく他社のレコードも買って聴いていました。勉強のためなどという偉そうな理由ではなく、音楽が好きだったんでしょうね。今は家で音楽を聴くことはほとんどありませんが、車ではシャーリー・バッシーやセルジオ・メンデスなど古い音楽をよく聴いています。CDなのでノイズはありませんね。デジタル化された音楽とアナログレコードでは確かに音に違いがありますが、両方にいい面があると思っています。

Q.日々のリフレッシュ法は?
A.工場の最寄り駅の前に、テレビ番組でも取り上げられた老舗酒屋があるのですが、仕事帰りにそこの立ち呑みコーナーに寄ることです。ひとりで行っても、友だちになった町内の同年代の方と話しながら30~40分飲んで帰っています。

Q.子どものころの夢は?
A.強いていえば、バスの運転手でしょうか。私は神奈川県川崎市の出身なのですが、以前は、家から川崎駅までは市電のほかにトロリーバスが走っていました。そのバスをとても面白いと思っていました。ただ、もしこの仕事についていなかったらと考えることがときどきあるのですが、答えが出てきません。この仕事が合っているんでしょうね。

Q.趣味はありますか?
A.写真ですね。若いころは土日に鎌倉のお寺に行って写真を撮り、翌週の土日に部屋につくった2~3畳ほどの暗室で現像。そしてその次の週は印画紙に焼きつけていました。3週間がかりで、没頭していました。

文/ 福田素子
photo/ 坂本ようこ

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2024.01.31
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