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小さなトリオの大きな響き/仲道郁代 ベートーヴェン“ピアノ室内楽”全曲演奏会 Vol.1

茶事というものがある。茶人がもっとも大切にするもてなしの集いだ。炭点前(炉に火を入れる)、懐石(質素な料理を振る舞う)、中立ち(場を改め休憩する)、濃茶(濃く練った茶を呈する)、薄茶(炭を直し、軽めの茶で座をなごませる)と続く。その長さおよそ4時間。料理や菓子、茶の準備だけでなく、茶室の設え、床の間の飾りつけ、諸道具の取り合わせも重要だ。主客の対話もご馳走のひとつとなる。

2022年8月21日にヤマハホールで聴いた、というより体験した演奏会は、そんな茶事によく似ていた。ピアノの仲道郁代、バイオリンの岡本誠司、チェロの伊藤悠貴がベートーヴェンの『ピアノ三重奏曲 作品1』の全3曲を、1日で弾く。この作曲家のピアノ室内楽曲全曲演奏会シリーズの第1回。以後、作品番号順に曲を紹介していく予定となっている。

さて、察しの良い読者はお気づきの通り、作品1全曲のコンサートは長い。30分をゆうに超える大曲3つに加え、演奏者による曲間の鼎談、プレトークとアフタートーク(音楽学者の平野昭)もある。休憩は15分を2度。結局、3時間ほどの催しとなった。

ただ長いだけではない。密度も高い。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲が、他のジャンルの楽曲を濃縮したような構造を持っているためだ。第1番は弦楽合奏曲、第2番はオペラ・フィナーレ、第3番は交響曲をぎゅっと煮詰めて作ったように聴こえる。

第1番であれば、ピアノが中音域に弦楽器の音色をあて、ビオラのパートを担ったのち、それをバイオリンが低音域で引き受ける。そんな役割の行き来が面白い。鍵盤の音域間の音色差は、そのまま“登場人物”の性格の違いに結びつく。第2番の終楽章がモーツァルト風のオペラ・フィナーレに聴こえるのも、演奏者が一人二役・三役を引き受けて、かまびすしいおしゃべりを演出するから。

圧巻は第3番だ。役割分担をオペラの登場人物から、シンフォニー・オーケストラの各パートへと拡大する。音高を変えながら何度も繰り返される上行音階や下行音階。ピアノも弦楽器も、繰り返しごとに異なる音色を与えるので、管弦楽の演奏風景がわっと目の前に現れてくるような錯覚をおぼえる。

ヤマハホールの響きもこの錯覚に寄与している。大会場のようなゆったりとした空間ではない。室内楽ホールの中でも床面積は狭いほうだ。一方、天井は高い。だから、その容積は思いのほか大きい。そのおかげで、豊かな余韻が上空から降ってくる。

「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ研究の中に見出した」こと。それを室内楽の現場で再確認する。そんな仲道郁代の思いが、この企画の原動力となっている。作品番号順に演奏していくということだから、作曲家のスタイルが刻々と変化していくさまをたどることができよう。作品番号のあるピアノ室内楽曲だけでも30曲はある。解説・トーク付きの重量級演奏会があと10回超、開催される計算になる。長い旅路はまだ始まったばかりだ。

 

澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。

文/ 澤谷夏樹
photo/ Ayumi Kakamu

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2022.09.08
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